コラム

アバター惨敗に泣くマードックの懐事情

2010年03月09日(火)19時00分

 3月7日、映画『アバター』がアカデミー賞で作品賞も監督賞も逃したことに一番がっかりしたのは、ニューズ・コーポレーションのルパート・マードック会長かもしれない。『アバター』を配給する20世紀フォックスを傘下にもつニューズ・コーポレーションは、アバター特需に浮かれるどころか、傘下のニューズ・アメリカ・マーケティング(NAM)に対する訴訟で大損している。訴訟による巨額の損失は、歴代興行収入1位の『アバター』が稼ぎ出す莫大な利益さえ相殺しそうな勢いだ。

 ブルームバーグによると、NAMは1月末、同社を相手取って訴訟を起こしたバラシス・コミュニケーションズに対し、5億ドルの和解金を支払うことに合意した。NAMとバラシスはスーパーマーケットで売られるシリアルや石鹸、クッキーなどの新聞折り込み用の「クーポン」事業における競合企業。バラシスはニューズが「市場を独占している」ことで15億ドルの損害を被ったと提訴し、ニューズは異議を唱えつつも4年に及ぶ訴訟に5億ドルでケリをつけた。

 広告収入減に苦しむメディア界にあって、ニューズ・コーポレーションは昨年10月~12月期の売上高を前年同期比10%増の87億ドル(約7900億円)に伸ばしていた。『アバター』効果もあって、映画部門の事業利益は3億2400万ドルと前年同期の約3倍。実質的な営業利益は12億ドルと前年同期に比べて44%増だった。

 だが、この嬉しいニュースに水を差したのが、クーポン訴訟だ。和解金5億ドルを差し引いた結果、営業利益は7億ドル強と前年同期にやや劣る結果に。さらに、ソレイル・セキュリティーズのアラン・グールドがブルームバーグに語った試算どおり『アバター』による長期的な営業利益が3億2200万ドルだとすれば、バラシスに支払った5億ドルは既にアバター特需を帳消しにしたことになる。BMOキャピタル・マーケッツのジェフリー・ログズドンの試算は7億ドル以上だが、これも来月には吹き飛ばされるかもしれない。4月12日には、スーパーなどで販売促進事業を手掛けるインシグニア・システムズがバラシス同様、ニューズを相手取った訴訟について和解協議が予定されているからだ。

 ジェームズ・キャメロン監督は『アバター』の製作に4年を費やしたというが、同作による利益は4年越しに決着したバラシス訴訟でほぼ水の泡。マードックはアカデミー賞を総なめにしてさらなる収益を見込んでいたかもしれない。だが撮影賞、美術賞、視覚効果賞のみの受賞は「映画館で3Dで観なければ意味なし」という印象を強め、DVDの売れ行きを阻むことも考えられる。マードックには、『アバター』並みのヒット作が数年後と言わず大至急、必要のようだ。

――編集部・小暮聡子

このブログの他の記事も読む

 

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story