コラム

「南アフリカで白人が大量に殺されている」──外国の分断も煽るトランプ大統領

2018年09月04日(火)17時00分

量刑の言い渡しを待つ2人の白人農場主。黒人農夫を棺に入れて燃やすぞと脅した疑い Siphiwe Sibeko-REUTERS

・トランプ大統領は南アフリカで白人の農地が占領され、大量に殺されているとツイートした

・ しかし、この主張は南アフリカで土地改革が求められる背景に触れないばかりか、出所の曖昧なデータに基づくもので、ミスリードと言わざるを得ない

・トランプ氏の発言は、ただでさえ微妙なハンドリングが求められる南アフリカの土地改革を、さらに難しいものにしかねない

フランスの愛国戦線などのヨーロッパ極右と関係をもつトランプ政権は、「黒人の大陸」と思われがちなアフリカの白人団体とも繋がっている。ワシントンはいまや大陸をまたぐ白人至上主義ネットワークの拠点となりつつあり、トランプ政権の一方的な言動は、アメリカ国内だけでなく、外国の分断をも促しかねないものになっている。

「白人が大量に殺されている」

8月23日、トランプ大統領は「南アフリカで白人が土地を奪われ、大量に殺されている件についてよく検討するよう、ポンペイオ国務長官に求めた」とツイートした。

スクリーンショット 2018-09-04 15.41.15.png

このツイートは、トランプ支持で知られるFOX ニュースが22日に放送した番組に沿ったもので、ここでは以下の2点が強調されていた。

(1)南アフリカ政府は、ただ白人というだけで、その土地や農地を補償なしに徴収しようとしている

(2)南アフリカでは、白人の農園主が各地で頻繁に殺害されている

 
これを受けて、クー・クラックス・クラン(KKK)支持者など右派からは「ホワイト・ジェノサイド(白人に対する大量虐殺)を無視しているアメリカのエリート」への批判とともに、トランプ氏への称賛が相次いだ。

ワシントン・ポストによると、この日の白人ユーザーのトランプ氏に関するツイートは年始以来最多だった。これは「虐げられる白人」への共感によるとみられる。

南アフリカの動揺

トランプ大統領の発言は、南アフリカに動揺をもたらした。
 
南アフリカ政府は同日、「我が国民を分断することだけを目的にした、植民地主義の過去を思い起こさせる、このような狭い見方を、南アフリカは全面的に拒絶する」という声明を発表し、トランプ発言との対決姿勢を鮮明にした。

スクリーンショット 2018-09-04 15.41.31.png

しかしその後、8月28日に与党アフリカ民族会議(ANC)は議会での土地収用に関する法案の審議を「これに関連する憲法上の審議を優先させるため」として中断した。トランプ氏の発言が、このシフトダウンの一因になったとみてよい。

ただし、同じく28日、ラマポーザ大統領は「トランプ大統領は南アフリカのことに関わるべきでない」とも述べ、不快感を露わにするとともに、土地問題の解決への意欲を改めて示した。

補償なしの収用

端的に言って、トランプ氏のツイートやFOXニュースの番組はミスリードと言わざるを得ない。これに関して、まず「白人の土地が奪われようとしている」からみていこう。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ノババックス、サノフィとコロナワクチンのライセンス

ビジネス

中国高級EVのジーカー、米上場初日は約35%急騰

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story