コラム

シリア攻撃で米国が得たもの──「化学兵器使用を止める」の大義のもとに

2018年04月16日(月)14時00分

欧米がシリア攻撃を開始した4月14日未明、首都ダマスカスの上空を飛んだミサイル SANA/REUTERS


・シリアへのミサイル攻撃は「化学兵器の使用」を理由にしている

・しかし、トランプ政権には北朝鮮への威嚇、ロシアに一矢報いること、国内世論の支持を集めること、などの目的をうかがえる

・これらの目標が達成されるかは不透明だが、それと引き換えに行われたミサイル攻撃は、ロシアとの緊張をこれまでになく高める

現地時間の4月13日、トランプ大統領はシリアへのミサイル攻撃を命令。東グータで化学兵器が使用された疑惑に関して、米国政府はこれがシリア軍によるものである証拠をもっていると強調し、英仏もこれに呼応するなかでの攻撃でした。

米国は約1年前の2017年4月7日にもシリアを59発の巡航ミサイルトマホークで攻撃していますが、その時と同様、今回も「アサド政権による化学兵器の使用を止めさせること」を大義とします。ただし、それだけでなく、トランプ政権には今回の攻撃に、内政、外交ともにいくつかの目的があったとみられます。

「攻撃はない」とみられた理由

東グータで化学兵器が使用された疑惑が浮上して以来、トランプ大統領はシリアのアサド政権やその支持者であるロシアを強く非難し、ミサイル攻撃を示唆。しかし、実際に行われるかには疑念も広がっていました。

その最大の理由は、ロシアとの対立がエスカレートする危険性でした。

シリア内戦において、ロシアは一貫してアサド政権を支持し、米国主導の有志連合とも対立してきました。昨年の米軍によるミサイル攻撃の場合、まさにいきなりの攻撃だったため、シリア軍だけでなくロシアもほぼ全く反応できませんでした。

しかし、その後ロシアはシリアでのミサイル防衛を強化してきました。もともと2016年末の段階でシリアにはロシア製ミサイル迎撃システムS-400が配備されていましたが、2017年5月にロシアは、これに加えて早期警戒管制機A-50Uを配備。さらに今年1月にはS-400が増派。飛来するミサイルを迎撃する能力は向上しています。つまり、米国がトマホークを放てば、そのいくつかはS-400に撃墜されるのであり、それは米ロの対立が今までなかった段階に足を踏み入れることを意味します。

女性や子どもを含む非戦闘員に犠牲を出す化学兵器の使用が、とりわけ欧米諸国で強く批判されていたことは確かです。とはいえ、「非人道的な状況」があれば欧米諸国が常に軍事行動を起こすわけでもありません。

今回の場合、シリアの化学兵器は(北朝鮮の核兵器と異なり)米国を標的としていません。そのうえ、ロシアとの対立が抜き差しならないレベルに達する恐れがあることは、米国による攻撃が実際にあるかを疑問視させる大きな要因だったといえます。「狂犬」と呼ばれ、強硬派で知られるマティス国防長官が再三、ミサイル攻撃に反対していたことは、この見方を後押しするものでした。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story