コラム

最初の作品集は「遺作集」、横尾忠則の精神世界への扉を開いた三島由紀夫の言葉

2023年04月17日(月)08時05分

1956年、神戸新聞のカットイラストの常連入選者5人によるグループ展を神戸の喫茶店で開催したところ、たまたま立ち寄った新聞社の社員から声をかけられ、神戸新聞宣伝技術研究所に助手として入社。その後、大阪のナショナル宣伝研究所に転職し、その東京移転に伴って、1960年、横尾は遂に上京することになる。

「僕は、両親から甘ったれに育てられたから、素直だが優柔不断な主体性を持たない子だった。受験の前日に先生に帰りなさいと言われたら、はいと言って帰る。神戸新聞に入る時も人に誘われて。結婚も上司に紹介されたことから。自ら運命を切り拓いたわけではなく、100%運命に従ってきた」

注2:「横尾忠則ロング・インタビュー」「特集 横尾忠則」『美術手帖』、 2013年11月号、美術出版社、p34


高度経済成長期の日本でグラフィック・デザインの寵児に

だが、上京した横尾は、戦後の高度成長期の勢いや大きなうねりのなかで時代の寵児となっていく。上京後間もなく研究所を退社し、田中一光の紹介で、日本最高水準のデザイナーを結集して前年に設立されたばかりの日本デザインセンターに所属する。ここで、アメリカの雑誌や画集を通してポップ・アートや抽象表現主義といった動向を知り、初めてアートを意識するようになったが、亀倉雄策や原弘といったそうそうたるメンバーが集い、しのぎを削るような環境は自分の性格に合わず、精神的な負担が大きかったため4年で辞めてしまう。その後、若いデザイナー仲間3人でイラスト中心の会社を作るが、仕事が全く来ず、約1年半で解散状態に。

一方この頃、時代の熱い空気のなか、横尾は現代アーティストグループのハイレッドセンター(高松次郎、赤瀬川原平、中西夏之)による《シェルター計画》(1964年)にオノ・ヨーコやナムジュン・パイクらとともに参加したり、「天井桟敷」の寺山修司や写真家の細江英公、「状況劇場」を主宰する唐十郎、澁澤龍彥、三島由紀夫、音楽家の一柳慧ら時代を牽引する多彩な人物と出会い、親交を深める。また、様々な出会いの裏で、1960年には養父を、65年には養母を相次いで亡くしてもいる。

一人で仕事をすることになった横尾に、土方巽の舞踏公演「バラ色ダンス」(1965年)のポスター制作の仕事が舞い込む。また同時期に、旭日旗を背景にした横尾の首吊り姿と「29歳で頂点に達し、ぼくは死んだ」という英文コピーを組み合わせた、キッチュで色使いの派手な自身のための広告《TADANORI YOKOO》も発表。モダニズムデザインへの決別や自分独自の道を歩む決意を表したとされる、この実質的なデビュー作はのちに初期の代表作となる。

02_6501-TADANORI.jpg

《TADANORI YOKOO》1965年 自主制作 1030×728mm 紙にシルクスクリーン(ニューヨーク近代美術館蔵)

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツ銀、S&P500年末予想を5500に引き上げ

ビジネス

UAE経済は好調 今年予想上回る4%成長へ IMF

ワールド

ニューカレドニア、空港閉鎖で観光客足止め 仏から警

ワールド

イスラエル、ラファの軍事作戦拡大の意向 国防相が米
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『悪は存在しない』のあの20分間

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 5

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 6

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story