コラム

東北被災地の「万里の長城」工事をなぜ止められないのか

2017年10月25日(水)18時29分

「日中友好親善 東北応援バスツアー」で訪れた宮城県気仙沼市で説明を受ける一行。背後に建設中の巨大防潮堤がそびえ立つ Photo: Shuichi Urakawa

<東日本大震災の被災地視察に行ってきた。復興は成し得ていないのに、住民の8割が反対する巨大防潮堤の工事は進む。一体どんな意味があるというのか>

こんにちは、新宿案内人の李小牧です。今回は宮城県気仙沼市など東日本大震災の被災地を視察した体験についてお伝えしたい。

2013年から、被災地の現状を知る「日中友好親善 東北応援バスツアー」が開催されている。今回、私はスペシャルゲストとして招かれた。私は毎年、東日本大震災被災地を訪問しているが、このバスツアーに参加するのは2013年以来4年ぶりとなる。

被災地を見て、改めて深刻な現状を痛感した。2011年3月11日のあの震災からすでに6年半以上の歳月が過ぎているというのに、いまだに復興は終わっていないのだ。家がない、仕事がない、生活が戻らない。被害を受けた人々の話を聞くと心が重くなる。

日本は素晴らしい国だ。大震災の後、みなで助け合う姿は胸が熱くなったし、ぼろぼろに寸断された道路があっという間に復旧されたというニュースを見て誇らしい気持ちでいっぱいになった。

ところがどうだ。震災直後のインフラ復旧は速やかに進んだと言うが、その後の進展はまるでカタツムリのように遅々として進んでいない。中国では2008年に四川大地震が起きたが、わずか1年後には市民生活は回復したと聞く。日本の底力はどこへ消えてしまったのだろうか。

もちろん日本に力がないわけではない。ただ、向ける方向が間違っているのだ。気仙沼市で漁業会社を経営する臼井壯太朗さんのお話を聞いて、日本政治の問題がよく分かった。

lee171025-2.jpg

ツアーでは岩手県陸前高田市の「奇跡の一本松」や、多くの子供たちが犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校(写真)も訪れた Photo: Shuichi Urakawa

国際感覚あふれるビジネスマンから見た、いま気仙沼に必要なもの

気仙沼市を含めた東日本大震災の津波被災地では今、巨大防潮堤の工事が進められている。気仙沼市では高さ最大14.7メートルもの壁を全長約40キロメートルにわたって張り巡らせる計画だ。21世紀日本の「万里の長城」と呼ぶにふさわしい。

津波で大被害を受けた現地の人々は当初、防潮堤作りに諸手を挙げて賛成した。だが、工事が始まった瞬間にすぐに悟ったという。これではダメだ、と。巨大な壁が海と陸とを隔ててしまう。素晴らしい良港だった気仙沼のメリットは壁によって全て消されてしまう。

何より1兆円とも言われる巨額費用で何を守ろうというのか。壁の内側に住む人々の生活はいまだ復興を成し得ていない。津波対策はもちろん必要だが、それは守るべき人々の生活があって初めて意味がある。生活の復興が実現できていないのに、壁だけ作ることに何の意味があるのだろうか。

実は臼井さんとは4年前にもお会いしている。当時、彼は「間違いなく復興を成し遂げてみせます」とやる気に満ちあふれていた。今回お会いしたとき、まず感じたのは怒りだ。行政の融通の利かない官僚主義に対する怒りに満ち満ちていた。

臼井さんは言う。いま気仙沼の人々には誇りがないのだ、と。彼はしばしば海外に出張し、商談を重ねる国際感覚あふれたビジネスマンだ。先日もスペインに出張してきたばかりで、現地では農民、漁民たちが自らの仕事に誇りを持っていることに衝撃を受けたという。「おらが町の農作物、水産物は世界一だ」――みな胸を張っていた。気仙沼にいま必要なのは防潮堤ではない、仕事に誇りを感じられるようにすることだ。

lee171025-3.jpg

4年前と違い、臼井壯太朗さんの声には怒りが満ちていた Photo: Shuichi Urakawa

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 7
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 8
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 9
    ビーチを楽しむ観光客のもとにサメの大群...ショッキ…
  • 10
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 5
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story