コラム

空虚な言葉だけが飛び交った、自覚なきトランプの中東歴訪

2017年05月30日(火)11時08分

それでも、アッバス議長がベツレヘムでの会談で「歴史的な合意の実現への協力」などと楽観的に語ったことについて、いくつかのメディアの論評を見ると、アッバス議長やパレスチナの側には、トランプ大統領が伝統的な外交の考え方に縛られないという「予見できない」ことへの期待がある、という解説があった。

歴代の米大統領はイスラエルに気を遣って結局、和平を実現できなかった。トランプ大統領への期待は、従来の米大統領のイスラエルへの配慮を無視して、和平実現のためにイスラエルに圧力をかけてくれるのではないか、ということだろう。

しかし、外交経験はないが、イスラエルやユダヤロビーに気を遣うことは忘れないトランプ氏が、いきなり「パレスチナ国家」を言い始めるとは到底考えられえない。

今回、トランプ大統領は米大使館のエルサレム移転について何も言わなかった。現在、イスラエル・パレスチナ間では、世界のメディアに連日記事が掲載されるような紛争の激化はない。しかし、米大使館が移転されれば、パレスチナ人だけでなくアラブ・イスラム世界が猛反発することは必至だ。大統領に就任してから、米国が中東危機の発信源になってはならないということは理解したということだろう。

【参考記事】トランプの「大使館移転」が新たな中東危機を呼ぶ?【展望・後編】

その間、パレスチナ人政治犯のハンストが起こっていた

トランプ大統領の不毛なイスラエル・パレスチナ訪問は、パレスチナ人の間には失望をもたらすだろう。それでなくても、いまのパレスチナ情勢には不穏な空気がある。

4月中旬からイスラエルの刑務所で、パレスチナ人政治犯約1500人が家族との面会や外部との連絡方法などについての要求を掲げ、5月27日まで40日間のハンガー・ストライキを行った。途中で80人が健康状態の悪化で病院に収容されたという。トランプ大統領がイスラエル・パレスチナを訪問している間も800人以上がハンストを継続中で、それに連帯するパレスチナ人のデモがあり、イスラエル軍による力の制圧があり、負傷者が出た。

このハンスト闘争のリーダーとして名前が挙がっているのはマルワン・バルグーティ氏(57)である。アッバス議長が率いるパレスチナ解放機構(PLO)の主要組織「ファタハ」の中堅世代のリーダーで、2002年以来、イスラエルに拘束されている。

バルグーティ氏は1987年12月に始まった第1次インティファーダで、大学自治会委員長として運動を指導した。当時、PLO本部はチュニジアにあり、アラファトやアッバスらPLO指導者がチュニスにいる時に、地元に密着した指導者として出てきた。

2000年秋に第2次インティファーダが始まると、ヨルダン川西岸の支部を束ねるファタハ事務局長として、「パレスチナの権利実現のための闘争継続」を訴え、若い世代の強い支持を得た。

バルグーティ氏はイスラエルで複数のテロを首謀したとして「終身刑5回」の判決を受けたが、自身は武装闘争を指揮していたことを否定している。01年春にアラファト氏が全面停戦を指令した時、「占領が続いているのに抵抗をやめろとはいえない」と反論したという話がでた。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザで140人死亡、住民絶望「私たちは忘れ去られよ

ビジネス

日鉄によるUSスチールの買収完了、両社が発表

ビジネス

ECB利下げでも住宅ローン負担増、30年まで個人消

ビジネス

ユーロ圏の成長低迷は大きな懸念材料=ポルトガル中銀
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火...世界遺産の火山がもたらした被害は?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    ホルムズ海峡の封鎖は「自殺行為」?...イラン・イス…
  • 6
    【クイズ】「熱中症」は英語で何という?
  • 7
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 8
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 9
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story