コラム

トランプの「大使館移転」が新たな中東危機を呼ぶ?【展望・後編】

2017年01月18日(水)06時23分

Nir Elias-REUTERS

<2017年の中東は「踊り場の年」になりそうだが、力で抑え込まれた若者たちの不満や怒りは、なんら解決されていない。新たな危機のかぎをにぎるのは、駐イスラエル米国大使館をエルサレムに移すと公約したトランプ米新政権かもしれない> (写真:テルアビブにある駐イスラエル米国大使館)

2017年は中東ニュースが減る「踊り場の年」に【展望・前編】

 2017年は「踊り場の年」になると前編で予想した。シリア内戦では、ロシアとイランの支援を受けたアサド政権が反体制勢力に対して軍事的に優勢となった。イラクでは「イスラム国(IS)」への掃討作戦が続く。この状況では、中東での内戦も、欧米でのテロも、中東から欧米への難民の動きも、2015年のような深刻なレベルに達するとは考えられない。問題は続いても、国際ニュースで中東が占める割合は低下するだろう。

 前編で書いたように、中東ではこの40年近く、深刻な危機がほぼ10年おきに到来している。1979年-80年のイラン革命、ソ連のアフガン侵攻、イラン・イラク戦争、▽1990年-91年の湾岸危機、湾岸戦争、▽2001年-03年の9.11米同時多発テロ、イラク戦争、▽2011年の「アラブの春」――という具合だ。この周期の中で、1987年、1997年、2007年はいずれも、大規模な危機が力で抑え込まれて、ニュースとしては「下火」になった年だった。

 下火になる理由を考えてみるならば、10年区切りで危機が起きると、中東各国の政府も、欧米も、5、6年かけて危機の要因を力で抑え込み、7、8年たって一段落するということであろう。しかし、それも束の間のことで、2、3年のうちに、次の危機が噴き出すというサイクルになっている。2011年に始まった「アラブの春」の大変動が、どのように進展し、2016年後半に抑え込まれたかは、前編で書いたとおりである。

 中東の危機を、さらにさかのぼってみる。90年代の危機は、90年-91年の湾岸危機、湾岸戦争を発端としている。それは79年に始まった旧ソ連軍のアフガン侵攻が88年に撤退を完了し、80年に始まったイラン・イラク戦争も88年に停戦となるという80年代の事態の収束後に訪れた。さらに、旧ソ連軍のアフガンからの撤退は、90年代前半のアラブ諸国の危機を生んだ。アフガニスタンにいたイスラム戦士(アフガン・アラブ)が旧ソ連の撤退後、それぞれの母国に帰還したことで、エジプトやアルジェリアでイスラム武装勢力による武装闘争が始まった。

90年代、ジハードの対象はアラブ諸国の政権から欧米へ

 90年代前半はアラブ世界では強権体制とイスラム勢力の対立が激化した。しかし、96年ごろまでに反体制派はほぼ制圧された。この過程でアラブ諸国の強権化が進んだ。エジプト政府はジハード団やイスラム集団という武装過激派を制圧するだけでなく、選挙参加を求める穏健派のムスリム同胞団の幹部を大量逮捕し、95年に軍事法廷で裁くという強硬手段をとった。

 サウジアラビアでも90年代前半には保守派の宗教者から米軍駐留を批判する嘆願書が出た。政府が宗教者の逮捕拘束をしたことに民衆のデモが起こるなど混乱があったが、90年代半ばには政府批判の動きは抑えられた。アルカイダを率いたビンラディンは90年ごろ、アフガンからサウジに戻り、湾岸戦争の後、米軍がサウジに駐留したことを批判し、対米ジハードに転じた。ビンラディンは戦後、サウジを追放され、スーダンに渡って、アルジェリア、エジプトなどのイスラム過激派の武装闘争を支援したとされる。96年には、米国の圧力を受けていたスーダンからアフガニスタンに戻った。

 アラブ世界は湾岸戦争後に噴き出した反体制の動きを力で抑え込み、97年-98年には表面的な平穏状態となった。その一方で、アフガニスタンに戻ったビンラディンは98年にザワヒリとともに「ユダヤ・十字軍に対する聖戦のための国際イスラム戦線」を結成した。これはザワヒリによる「近い敵=アラブ諸国の政権」から「遠い敵=米国」への転換と位置付けられた。実際には、アラブ世界での武装闘争が力で封じ込められた結果、ジハードの対象を欧米に向けなければならなくなったという側面もある。

【参考記事】「イスラム国」を支える影の存在

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=主要3指数最高値、ハイテク株が高い 

ワールド

トランプ氏、職員解雇やプロジェクト削減を警告 政府

ビジネス

9月の米雇用、民間データで停滞示唆 FRBは利下げ

ビジネス

NY外為市場=ドルが対ユーロ・円で上昇、政府閉鎖の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story