コラム

シリア攻撃 トランプ政権の危険なミリタリズム

2017年04月08日(土)12時20分

有志連合の空爆による民間人の死者が急増している

トランプ大統領はオバマ時代に冷え込んでいたロシアとの関係の修復を掲げ、「イスラム国」(IS)との戦いでアサド政権との協力の可能性を示唆して登場した。ロシアとの関係修復やアサド政権と協力することが、すべて良い結果につながるとは思えないが、オバマ政権時代には、米国とロシアとの間の根強い不信感がシリア和平会議の進展を妨げたなどマイナスがあったことも事実である。

今回、アサド政権による化学兵器使用という重大な事案に対して、トランプ大統領はロシアとの協力を探りつつ、対応策を探るのが、自らの言葉に責任をもつ対処であっただろう。そうではなく、いきなり、方針や戦略を転換して、軍事行動に走るならば、大統領の言葉や方針は、その時々の思い付きに過ぎなくなり、「決断力がある」というより無責任となり、信頼を失うことになるだろう。
 
今回の米国の性急な武力行使は、トランプ政権の危険なミリタリズム(武断主義)としてみる必要がある。実際、シリアで米国が率いる有志連合の空爆による民間人の死者が今年1月にトランプ政権になって急増しているのである。

シリア人権ネットワークの集計によると、3月の市民の死者は計1134人で、うちアサド政権軍の攻撃による死者は417人(37%)。ロシア軍による224人(20%)に対して有志連合の空爆による死者は260人(23%)と、ロシア軍による死者を上回り、民間人の死者の4分の1近くを占めている。「イスラム国」(IS)による死者119人(10%)の倍である。

トランプ政権が発足した1月以来3月までの3カ月間で見れば、民間人の死者総数は2791人で、アサド政権軍によるものが1129人(40%) ▽ロシア軍395人(14%) ▽有志連合469人(17%) ▽IS 398人(14%)となっている。有志連合による民間人の死者は、ロシア軍やISよりも多い。

オバマ政権時代の2016年の1年間で、民間人死者の総数は1万6913人で、有志連合の空爆による民間人の死者は537人(3%)だった。アサド政権軍による死者が8736人(52%) ▽ロシア軍3967人(23%) ▽IS 1510人(9%)となっている。今年に入ってからの有志連合の空爆による民間人の死者の割合を昨年1年間と比べれば、今年1月-3月は昨年の6倍近く、3月は8倍近くと、考えられないような増加となっている。

今年に入ってからの有志連合の空爆による民間人の死者数増加は、米軍がシリア北東部にあるISの中心都市ラッカへの掃討作戦を激化させているためである。しかし、有志連合の空爆によって引き起こされる民間人の犠牲の飛躍的な増加を見ると、「テロとの戦い」を外交・安全保障政策のトップに掲げるトランプ大統領の下で、民間人の犠牲を出さないようにするという米軍の意識が急激に低下しているとしか思えない。

かつて欧米諸国はアサド政権を支援するロシア軍による空爆が無差別だと批判し、ロシアを戦争犯罪で国際司法裁判所(ICC)に提訴すべきだという声さえ出た。いまは、その批判は、まず米国に向けられるべき状況になっている。

アサド政権軍による化学兵器使用に対する米国の性急な武力行使は、政治や外交を軽視したトランプ大統領のポピュリスト的な武断主義への傾斜として見るべきである。今後のシリア内戦やISへの対応でも、さらに対イランや対北朝鮮などでも、世界の安全保障に関わる問題で危機を増幅させかねない懸念をはらんでいる。

【参考記事】シリア内戦と日本の戦争体験はつながっている
【参考記事】シリア内戦で民間人を殺している「空爆」の非人道性

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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