コラム

戦火のアレッポから届く現代版「アンネの日記」

2016年12月01日(木)17時54分

アレッポ東部からツイートする7歳の少女バナさん @AlabedBana/Twitterより

<シリア内戦でアサド政権軍による攻撃が激化するアレッポ東部。そこから「バナ」という名の7歳の少女が、英語で世界に発信している。「怖い。私たちのために祈ってください」――>

 シリア内戦でアサド政権軍による包囲攻撃が続いていた反体制支配地域のアレッポ東部。その北道部に11月26日、政権軍が侵攻した。アレッポは2012年7月に自由シリア軍など反体制武装勢力と政権軍との戦闘が始まって以来、両勢力がせめぎあってきた。今後、政権軍の攻勢によって、アレッポ東部の反体制支配地域が崩壊し、政権軍がアレッポ全体を支配下に置く可能性も強まっている。

 政権軍は今年の7月以来、アレッポ東部につながる道路をすべて封鎖して、食料や医薬品などの供給を阻み、包囲攻撃に出た。同時にロシア軍と政権軍が無差別空爆を行い、おびただしい数の民間人の犠牲者が出た。シリアの反体制地域で人命救助活動をするボランティア組織「シリア民間防衛隊」(通称ホワイト・ヘルメット)によると、27日までの12日間で500人以上の民間人が死亡し、1500人以上が負傷。4つの病院と2つの救援センターが破壊されたという。現地の医療関係者の話では、ロシア軍や政権軍はアレッポ東部の病院や診療所を標的とし、11月18日までにすべての医療施設が破壊されたようだ。

 包囲されたアレッポ東部に30万人近い民間人がいることは、政権軍、ロシア軍による包囲作戦と空爆の激化に対して国連がたびたび警告してきたが、この5カ月間、民間人保護のための食料や医薬品の供給などもほとんど実施されていない。

 今回、アレッポ北東部の前線が崩れ、政権軍が住居地を占領したことで、アレッポ東部は北部と南部に分断されることになる。政権軍が今後、アレッポの反体制支配地域への最後の攻勢を地上と空から強めるなら、大規模な虐殺など人道的危機が起こることになりかねない。国際社会の圧力によって、住民を政権支配地域または反体制支配地域に、安全に退避させる方策をとる必要がある。

【参考記事】シリア内戦で民間人を殺している「空爆」の非人道性

フォロワー18万人超、9月下旬から母親と一緒に発信

 アレッポ東部の一角が崩れたことは、シリア内戦の行方を考える上で軍事的には重要であるが、この間のアレッポ情勢を追いながら、目の前で民間人が戦争の犠牲になっているのを止められない国際社会の無力を痛感する。

 今回の攻勢でも突然、北東の前線が崩れたことで、その地域の1万人の住民が地域から逃げ出した。英国放送協会(BBC)にはバッグを抱え、子供の手を引いて逃げ出す群集の映像が流れた。もちろん、BBCの記者がアレッポにいるわけではなく、このコラム(「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム)でも紹介したハディ・アブドラのような現地の市民ジャーナリストが送ってきた映像である。

 私は今回のアレッポ東部への攻撃についてインターネットで現地情報を調べているうちに、「バナ」という名の7歳の少女が9月下旬からツイッターで英語を使って発信しているのを知った。母親のファテマとバナが一緒にツイートしている。18万人を超えるフォロワーがいて、さらに増えている。シリア軍が侵攻した11月26日には「どうか私たちを救ってください」「怖い。私たちのために祈ってください」とバナの短い書き込みがあり、27日、28日の混乱の中でもツイートが続いた。

▽27日のツイート
「政権軍が入りました。今日は最後の日になるかもしれません。インターネットはありません。どうか、どうか、どうか私たちのために祈ってください。ファテマ」
「最後の伝言:いま激しい爆撃の下で、もう生きていられないかもしれません。私たちが死んでも、なお残っている20万人のために、(アレッポのことを)語り続けてください。さようなら。ファテマ」
「今夜、私たちに家はありません。家は空爆を受けて、私は瓦礫の中にいます。私は死を見ました。ほとんど死ぬところでした。バナ」

▽28日のツイート
「いま、激しい爆撃が続いています。生と死の境にあります。どうか、私たちのために祈ってください」
「伝言:私たちは逃げていますが、まさにいま、多くの人たちが激しい爆撃の中で死んでいます。私たちは生きるために必死に頑張っていますが、まだあなたたちと共にいます。ファテマ」

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ330ドル超安 まちまちの

ワールド

米、ロシア石油大手ロスネフチとルクオイルに制裁 ウ

ビジネス

NY外為市場=英ポンド下落、ドルは対円で小幅安

ビジネス

米IBM、第3四半期決算は予想上回る AI需要でソ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 6
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 7
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    やっぱり王様になりたい!ホワイトハウスの一部を破…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 6
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story