コラム

ノーベル平和賞のチュニジアだけが民主化に「成功」した理由

2015年10月15日(木)16時40分

 しかし、これで「めでたし、めでたし」とはいかない。今年3月にあったチュニスでの博物館襲撃事件や6月に中部スースのリゾートホテルを襲った銃乱射事件など、イスラム過激派による深刻なテロ事件が続いている。チュニジアでのイスラム過激派の脅威にどの程度の広がりがあるかを知ろうとすれば、民主的選挙からドロップアウトしている部分に目を向けなければならない。

チュニジアがまだ成し遂げていないこと

 2014年の議会選挙の投票総数は、11年選挙の430万人から358万人へと72万人減っている。特にアンナハダは11年選挙での得票150万票から55万票も減らしている。ほかにイスラム政党ができたわけではないのに、3分の1の得票を減らしたのは、長年活動を禁止されていたための組織力の弱さゆえだろう。減らした得票数の多くは穏健派路線を見限ったイスラム厳格派と考えることができるだろう。

 チュニジアの14年選挙は一般にはニダ・チュニスとアンナハダの「世俗派対イスラム派」の構図で捉えられ、世俗派が勝利したと評価されている。実際には「世俗派対穏健イスラム派」の争いである。どちらも支持せず、選挙を拒否しているイスラム厳格派という第3の勢力が存在する。それはどの程度いるのか、アンナハダが減らした55万票か、減った投票総数の72万票か。

 独立選挙管理委員会のサイトに、有権者総数の推計は780万人超という数字があった。有権者の半数以上が投票してないのである。そのうちどの程度がイスラム厳格派の支持者かは分からない。世俗派の市民組織が主導した「国民対話カルテット」は、アンナハダというイスラム穏健派を取り込んだ形で民主化の命脈をつないだが、政治の足場は非常に脆弱である。チュニジアの問題は、投票しなかった半分の国民との関係を今後、どう修復し、政治に関わらせていくかにある。特に、イスラム厳格派との関係である。

 イスラム厳格派=サラフィー主義者は本来、過激というわけではない。世俗主義の価値観によって政治や社会から排除されれば過激化するものが出てくる。チュニジアの世俗派にはイスラム厳格派を自分たちと相いれないものととらえる意識が強い。もちろん、厳格派の側も同様である。互いに排除しあえば、国は深刻な分裂状態に入っていかざるをえない。

 チュニジアがこれまでに達成したのは「世俗派とイスラム穏健派」の共存であって、「アラブの春」の後に中東に蔓延したイスラム厳格派との対応は手がついていない。「テロ対策」として排除するだけでは、過激派組織「イスラム国」の支持者を増やすだけとなる。今回、ノーベル平和賞の受賞理由となった「多元的な民主主義の構築」は、実はこれからが正念場なのである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

訂正-米、イランのフーシ派支援に警告 国防長官「結

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story