コラム

「日韓逆転」論の本質は日本の真の実力への目覚め

2021年12月27日(月)06時20分

とはいえ、それだけでは何故、「今」日本において「日韓逆転」が殊更に議論されているのかは、説明できない。再び、「統計上の日韓逆転」が起こったのは必ずしも「今」のことではないからだ。

指摘すべきは、新型コロナ禍の状況が、日本人に今の自分たちの国際的な立ち位置を認識せざるを得ない状況を作り出していることであろう。少なくとも現段階において、新型コロナウイルスの感染拡大の抑え込みに成功しているこの国は、他方で、付随して起こった経済的不況からの脱出に、世界各国の中でも最も苦労している国の一つでもある。IMFが今年10月に発表した予測によれば、多くの国が昨年の深刻な経済的危機からの回復を見せる中、日本の経済成長率はG7の中で最も低い2.4%に留まることとなっている。

しかも、この経済的危機の中での日本の状況は、これまで幾度も繰り返されてきた同様の危機においてとは、いささか異なるものにもなっている。例えば、過去の国際的な経済危機では、「安定通貨」としての信用から必ず価値を上げてきた円は、今回の危機においてはむしろ価値を落としている。30年を超える危機からの脱出の道筋が見えないのは明らかであり、コロナ禍で人々の将来に対する不安感は更に大きなものとなっている。

あれはバブル期の悪い夢

だからこそ今、日本人はようやく「バブル景気」の頃に生まれた、自らの実際の身の丈を大きく上回る「夢」から覚め、自らの実際の国際的な立ち位置に、正面から向かい合うことができるようになりつつあるのかも知れない。そもそも既に述べたように、物価が大きく上昇し、資産価値が大きく膨らんだバブル景気の時代にも、物価を調整した、PPPベースでの日本人の一人当たりGDPは、依然、世界20位台にしか過ぎなかった。すぐ上にいたのはイタリアであり、そして今もイタリアは我が国のすぐ上にいる。つまり、経済力の大きさではなく、個々の国民の生活水準においては、バブル期においてすら日本は、世界の国々を圧し、リードしていた訳ではないのである。にも拘わらず、当時の日本人は、「21世紀は日本の時代」「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という掛け声の下、自らを巡る状況を過剰に解釈し、大き過ぎる自画像を持つことになった。そして、その自画像を持ったまま、この「失われた30年」を過ごしてきた。

そして今、我々はこの現実と大きく乖離した自画像の修正を迫られている。何故なら、実現可能性のある将来に向けての戦略は、自らを取り巻く現況を正確に理解せずして作り上げることができないからだ。だからこそ、まずは変えるべきは、現状よりもまず現状認識なのである。

だとすれば、「韓国」をベンチマークにして、自らとそれを取り巻く現実に向かい合うことは、日本人にとってたぶん、悪いことではない。何故なら、人は時に自らを取り巻く「不都合な現実」を認めることなくして、現実的で冷静なこの社会の未来像を描くことは出来ないからである。そしてそれが出来た時、この国は日韓関係というもう一つの「不都合な真実」についても、はじめて真剣に向き合うことができるようになるのかも知れない。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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