コラム

中国政治の暑い夏と対日外交

2016年08月18日(木)17時00分

「新しい準則」の具体的中身はまだ分からない。どのように手をつけようとしているのかは明らかではない。10月の中央委員会総会を経て、少しずつ明らかになるのだろう。いま分かっていることは、党員、特に中央委員会や政治局、政治局常務委員会といった高級幹部の党内における活動のあり方に関するルールを定める、ということだけだ。

 政治局会議が「新しい準則」の制定を秋の中央委員会総会の議題とすることを決定した、という事実から、二つの仮説を導き出すことができる。

 第一の仮説は、この制度に手をつけることができるほどに、習近平総書記の政治的権威は確立している、ということだ。習近平は、鄧小平、江沢民、胡錦濤の各政権を通じて40年近く堅持されてきた制度を変更する。それは容易なことではないはずだ。それにもかかわらず、制度変更を中央政治局の意思とすることができたのは、この会議の招集者である習近平総書記の権威によるものだと理解しておかしくないだろう。

 間違いなく習近平は、近年稀に見るほど強く権力を掌握し、高い政治的権威を有している政治指導者だ。ただし、彼はそれを政権の誕生とともに手に入れたのではなく、党内に定められている手続きを踏まえて、一つ一つ積み上げていった。いわば、制度によって造り上げられた権力と権威だ。

【参考記事】「核心」化する習近平

 習近平の権力と権威は、「手続き」にほとんど拘束されることなく、自由に権力を行使してきた毛沢東のそれとは根本的に違う。そして鄧小平は、指導者としてのカリスマがあり、党内の手続きや制度を無視した意思決定もおこなっていた。それでも鄧小平が党内の反対勢力を抑圧するときは、手続きを踏まえ、また反抗を阻止するための制度を設計してきた。

 そうであるがゆえに、「新しい準則」が秋の中央委員会総会の議題としてセットしたことの政治的意味は重い。習近平は、自らの権力と権威の原点である制度に手を加えようとしているようにも読み取れるからである。それができるほどに、習近平の権威と権力は確立している。

 筆者は、7月26日のこの報道に極めて驚いた。公式報道以外のいわゆる「憶測」や「伝聞」にもとづく報道では習近平への権力集中が多く指摘されてきたものの、新華社通信といった公式報道を通じて、その気配を観察できることは極めて稀だからだ。心情的には、筆者は第一の仮説に傾いてしまうが、この仮説を支持するために必要な情報はほとんどないのも事実である。これと対抗する仮説も提示しておこう。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

原油先物は下落、米在庫減で需要巡る懸念 米雇用統計

ビジネス

イタリア失業率、5月は6.5%に急上昇 予想上回る

ワールド

ブラジル中銀、利上げ休止「非常に長期」も データ評

ビジネス

石油商社ビトル、精製企業シトゴー親会社競売で100
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story