コラム

中国政治の暑い夏と対日外交

2016年08月18日(木)17時00分

 第二の仮説は、政治局会議は「新しい準則」の制定を議題にすることを決定はしたが、習近平の政治権力は安定していない、というものだ。習近平は、「準則」を書き改めて「新しい準則」を定めることの是非、その内容をめぐる党内の論争の主導権を掌握することを通じて、権力を安定させようとしている。

権力継承と対外行動をめぐる問い

 この仮説をふまえて以下のことを想定することができる。

 まずは政治権力の継承をめぐる国内政治について。いま中国政治研究者の間では、習近平が自らの総書記の任期(2期10年)を延長する可能性が論じられている。第一の仮説であれば2012年10月に習近平氏が総書記に就任して以来の個人への権力集中の動きに、今後、一層、拍車がかかり、習近平総書記は2期10年の任期を越えて、2022年以降も総書記の地位にあり続けることを想定できる。第二の仮説であれば、今後の党内における論争の帰趨次第だろう。

 いま一つは国内政治とリンクした対外行動に関して。中国政治の研究者の間には、習近平氏が総書記に就任してからの対米政策、対日関係、対韓関係、対東南アジア関係、対台湾関係、のいずれも胡錦濤政権期と比較して不安定化し、外交は失敗している、という見方がある。その結果、習近平政権の中国共産党内の政治的権威は必ずしも安定していないため、主権と領土、ナショナリズムに直結する問題については政権は強硬な政策を選択するという。

 しかし第一の仮説であれば、次のように答えることができるだろう。もうすでに政権は安定している。習近平政権は自らの政治的基盤を強化するために、尖閣諸島周辺海域においてゲームをエスカレーションさせる策を選択しているのではない。あるいは習近平にチャレンジしようとする側が、基盤の弱い習との競争に打ち勝つために、尖閣諸島周辺海域において緊張をつくりあげているわけでもない。

 われわれが現在尖閣諸島周辺海域において目の当たりにしている中国側の行動そのものが、習近平政権の基本的な対日政策だ、という理解が成り立つ。

【参考記事】中国はなぜ尖閣で不可解な挑発行動をエスカレートさせるのか

 確かに現政権の日本外交に対する認識は厳しい。平和主義から「積極的平和主義」へと変化した日本外交に対する中国側の不信(不安)は深く、日本の外交戦略は中国の周辺地域における平和と安定を脅かす要因となりつつある、という懸念が広がっていている。日本の外交戦略に対抗することが中国の対日政策の基軸という声は、中国国内で小さくない。まして、今回の政権の行動は政権の権力構造の不安定性に起因する一時的なもので、不安定性さが克服され次第理性的な対日政策を選択する、と見ることはできないのかもしれない。

【参考記事】中国は日本を誤解しているのか

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

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