コラム

中国はなぜ尖閣で不可解な挑発行動をエスカレートさせるのか

2016年08月09日(火)05時44分

REUTERS

<先週末、250隻にも上る中国の漁船が尖閣諸島の接続水域に進入し、一部は日本の領海にも入ったという。海警局の船も7日午後には過去最多の15隻に増え、一部は領海に入った。過去最多、過去最悪の挑発だ。日本と軍事衝突すれば負けると認識しているらしい中国は、軍事力を使わない範囲の脅しで日本の実効支配を崩し、対中強硬化をけん制しようとしている可能性がある。あるいは、ますます派手になる示威行動は、国内の権力闘争の表出かもしれない。最大の危険は、日本政府やメディアが、常態化する危機に慣れてしまうことだ> (写真は2012年9月、中国浙江省舟山市の港から尖閣諸島に向かう漁船群)

 2016年8月6日、230隻にも上る大量の中国の漁船が、尖閣諸島の接続水域に進入し、併せて、7隻の海警局(中国コーストガード、日本で言う海上保安庁)の巡視船が同水域に進入した。同7日、漁船の数は250隻に増加し、さらに、新たに2隻の中国法執行機関の船が尖閣諸島の接続水域に進入した。漁船は、尖閣諸島周辺の領海内にも進入しているという。これまで、1978年に、108隻と言われる中国漁船が尖閣諸島周辺海域に進入したことがあるが、これを上回る量である。

 今回の漁船の行動及び公船の随伴は、中国の尖閣諸島奪取の戦略に沿ったものだ。中国の戦略とは、軍事力ではなく、海警等の法執行機関を用いて、日本の実効支配を崩すというものである。日本が軍事力を行使しない範囲で、日本の海上保安庁の巡視船よりも多くの中国海警局の巡視船が、より長い時間、尖閣諸島周辺海域に滞在することによって、実質的に中国が尖閣諸島及び周辺海域をコントロールしているかのような状況を作り出すのだ。平時における優勢を、段階的に引き上げていくということでもある。最終的には、中国海警局の巡視船が体当たり等によって、海上保安庁の巡視船を同海域から排除することも考えている。中国が、法執行機関である海警局を用いるのは、軍事力を用いれば、日本がこれに対して自衛権を行使し、軍事衝突を起こしてしまうからだ。

 中国が先に軍事力を行使すれば、国際社会からの非難は免れない。東南アジア諸国の中国に対する不信感も一気に高まることになる。中国は、現在の国際秩序そのものを変えてやる、と言っている以上、国際社会からの支持を失う訳にはいかないのだ。

習近平の右腕曰く

 それにも増して中国にとって重要なのは、日本と軍事衝突を起こしても、中国が勝てないかもしれないと考えられることだ。2015年10月8日に、中国国防大学政治委員の劉亜州上将が新聞上で発表した「釣魚島(尖閣諸島)問題から見る日中関係」という論文は、「日中軍事衝突で中国が負ければ、国際問題が国内問題になる(共産党統治が危機に陥る)。だから、負ける可能性のある日本との軍事衝突は起こしてはならない」と述べている。

 上将は人民解放軍軍人の最高階級であり、劉亜州上将本人は、李小林・中国人民対外友好協会会長の夫である。李小林会長は、故李先念・国家主席の娘であり(したがって、紅二代である)、習近平主席の右腕とされる。「人民対外友好協会会長」という肩書を利用して、政治的には交流が難しい相手国にも、文化交流の名目で比較的自由に渡航できる。2013年3月には、中国バレエ団の日本公演のために来日し、日本政府の対中姿勢等を探っている。

プロフィール

小原凡司

笹川平和財団特任研究員・元駐中国防衛駐在官
1963年生まれ。1985年防衛大学校卒業、1998年筑波大学大学院修士課程修了。駐中国防衛駐在官(海軍武官)、防衛省海上幕僚監部情報班長、海上自衛隊第21航空隊司令などを歴任。安全保障情報を扱う「IHSジェーンズ」のアナリスト・ビジネスデベロップメントマネージャー、東京財団研究員などを経て、2017年6月から現職。近著『曲がり角に立つ中国:トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版、共著者・日本エネルギー経済研究所豊田正和理事長)の他、『何が戦争を止めるのか』(ディスカバー・トゥエンティワン)、『中国の軍事戦略』(東洋経済新報社)、『中国軍の実態 習近平の野望と軍拡の脅威 Wedgeセレクション』(共著、ウェッジ)、『軍事大国・中国の正体』(徳間書店)など著書多数。

筆者の過去記事はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権が「麻薬船」攻撃で議会に正当性主張、専門家は

ビジネス

米関税で打撃受けた国との関係強化、ユーロの地位向上

ワールド

トランプ氏、職員解雇やプロジェクト削減を警告 政府

ワールド

インドと中国、5年超ぶりに直行便再開へ 関係改善見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    AI就職氷河期が米Z世代を直撃している
  • 10
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 9
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 10
    琥珀に閉じ込められた「昆虫の化石」を大量発見...1…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story