コラム

テロと対立は昔の話? 北アイルランドの薄れゆく分断

2024年02月17日(土)11時15分

北アイルランド政治は控えめに言っても複雑だ。国勢調査の統計ですら単純ではない。カトリック系もしくはプロテスタント系出身者でも調査では「無宗教」を選択することができる(約20%が無宗教もしくは無回答を選んでいる)。あるいはポーランドやバルト諸国からの移民たちは自らをカトリックと言明しているかもしれないが、彼らにたとえ選挙権があったとしても、アイルランドのナショナリストに心から共感しているとは言い難い。もちろん、選挙権を有し、国勢調査では政治的志向が全く読み取れないような、さまざまなルーツや宗教を持つその他の移民も大勢いる。

興味深いのは、プロテスタントとカトリックという従来型の「2つのコミュニティー」出身の若者たちの態度だ。歴史的には分断は明確だったが、1988年の包括和平合意以後の「和平プロセス」が均衡を変えた。2つのコミュニティーの「戦争状態」は薄まり、既に新たな世代が育っている。

北アイルランドのカトリックは、もはや 「プロテスタント国家」 時代のような差別を受けていない。警察組織の構成はより多様化し、カトリックの雇用状況も改善され、今回のシン・フェイン政権誕生前ですら「権力分担」が政治の大原則だった。

言い換えるなら北アイルランドのカトリックは、イギリスの国民保健サービス(NHS)を利用でき、独自の協定でEUとも英本土とも自由貿易ができるなど、「イギリス国内でアイルランド人であること」のメリットも自由にてんびんにかけられる。また北アイルランドは英政府から多額の補助金を受けているが、アイルランドと統合すればこの状況も終わる。

統合すれば事実上の「ブレグジット破棄」

一方で若いプロテスタントは、彼らの文化的アイデンティティーが尊重され、北アイルランドが引き続き特別な地位を保てるのなら、アイルランド共和国との統合の交渉も喜んで検討するかもしれない。重要なことに、アイルランドとの統合は事実上の「ブレグジット破棄」を意味し、移動の自由のような若者たちが重視する権利を取り戻すことにもなる。

今となってはカトリックとナショナリストがどの程度イコールなのか、プロテスタントがすなわちユニオニストを意味するのか、断定することすら難しい。大勢が一方から他方に流れたというわけではないかもしれないが、これまでの断固とした対立姿勢から、耳を傾け考え直してみようという態度に変わりつつあるのかもしれない。両者の分断が今後どれほど流動的になり、どちらの利益になっていくのか、今はまだ見えない。

20240604issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年6月4日号(5月28日発売)は「イラン大統領墜落死の衝撃」特集。強硬派ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える グレン・カール(元CIA工作員)

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CB消費者信頼感、5月は102.0 予想に反し4

ビジネス

ECBの利下げ「まもなく開始する」=ポルトガル中銀

ビジネス

中国深セン市、住宅の頭金比率引き下げ 広州市に続き

ビジネス

ECB、経済予測発表の理事会で段階的に利下げへ=オ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏最新インタビュー

  • 3

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧州はロシア離れで対中輸出も採算割れと米シンクタンク

  • 4

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲー…

  • 5

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 6

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    TikTokやXでも拡散、テレビ局アカウントも...軍事演…

  • 9

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 10

    メキシコに巨大な「緑の渦」が出現、その正体は?

  • 1

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 2

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 7

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 8

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 9

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 10

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story