コラム

消費増税が痛い今こそ見直したい、不合理で結局は損な消費行動

2019年10月01日(火)16時00分

これはある意味、僕たちがいかに「不合理」かを示していると、モロイは言うが、彼はより広い視野で見ることもできると指摘する。すなわち、僕たちは社会の中で生きているのであって、延々と取引を繰り返す単なる経済単位などではない。事実上、Bは1ポンドや1ペニーを拒否することで、Aの強欲さや反社会性を罰し、自分が損をしてでもAに教訓を与えているのだ。

当然ながらこの話を聞くとすぐに、僕は自分だったらどうするだろうかと考え、結局のところモロイに、僕がAだったらBに3ポンドを渡すだろうと言った。「自分の物」と考えている10ポンドをBと分け合う側なのだから、3ボンドならきっとBが受け入れるであろう最低限の額だろう、と推測したのだ。僕は自分の論理にとても満足した。「わあ、あなたは反社会的人間ですね!」とモロイは笑って言った。

サンクコスト(埋没費用)の罠

有名なことだが、2017年にノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラーは、自分の個人的な経験をもとに不合理な行動に関する研究をまとめた。僕だって、いくつか研究のネタになりそうな経験がある。これでノーベル賞を取れるかは怪しいけれど。

あるとき僕は、日本でサッカーの試合を見に出掛けたが、チケットは売り切れだった。とはいえ、たとえば土壇場で友達が来られなくなったとかで、チケットが余っている人がよくいることは、以前の経験から分かっていた。そこで、しばらく待ってみて誰かから買えるか試してみることにした。

案の定、チケットが1枚余っているグループを見つけた。問題は、僕は安いテラス席(約2000円)しか考えていなかったのに、彼らのチケットは一番高い席(約6000円)だったことだ。僕は、そこまでの金額は予定していなかったと言い、3000円でどうかと提案した。「もしかしたら6000円で買ってくれる人が見つかるかもしれないけれど、いなければ僕のところに戻ってきてよ」と、僕は言った。

彼らは5分ほどその場にとどまっていて、しばらく相談すると、結局チケットを売らずにスタジアムに入って行った。

いわゆる「サンクコスト(埋没費用)」だろう。3000円を「損」してまで6000円のチケットを売ってしまうことが受け入れられなかったのだ。あるいは、そんな安い値段で買おうとした僕を罰してやろうとしたのかもしれない(あるいはもしかすると、僕のことが気に入らなかっただけで、僕の近くで観戦するくらいだったら僕が提案した3000円なんて放棄して構わないと思ったのかもしれないが)。

20191008issue_cover200.jpg
※10月8日号(10月1日発売)は、「消費増税からマネーを守る 経済超入門」特集。消費税率アップで経済は悪化する? 年金減額で未来の暮らしはどうなる? 賃貸、分譲、戸建て......住宅に正解はある? 投資はそもそも万人がすべきもの? キャッシュレスはどう利用するのが正しい? 増税の今だからこそ知っておきたい経済知識を得られる特集です。


ニューズウィーク日本版 中国EVと未来戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月14日号(10月7日発売)は「中国EVと未来戦争」特集。バッテリーやセンサーなどEV技術で今や世界をリードする中国が戦争でもアメリカに勝つ日

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

玉木国民代表「首相務める覚悟ある」、公明の連立離脱

ワールド

ノーベル平和賞、ベネズエラの野党指導者に マリア・

ワールド

イスラエル軍、ガザ一部地域から撤退開始 停戦合意受

ビジネス

アングル:正念場の「高市トレード」、株高機運の継続
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 5
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 9
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 10
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story