コラム

散々叩かれた菅政権が「それなり」だったと言えるこれだけの理由

2022年10月22日(土)18時57分
菅義偉、菅政権

「仕事人」の復活はあるのか YOSHIKAZU TSUNO-POOL-REUTERS

<忘却されたニュースを振り返る石戸諭氏のコラム。約1年前に退陣した菅政権はコロナ対策など、今思えば悪くなかったのでは?>

今から思えば、昨年10月に退陣した菅義偉政権はそれなりの功績を残したように思う。メディアから時に「ワクチン1本足打法」と揶揄されながら、新型コロナウイルス用のワクチン接種ペースとして「1日100万回」を掲げ、実現に向けて動いた。結果として、散々批判されながらも開催にこぎ着けた東京五輪を前後して、デルタ株の流行の波は収束に向かった。

SNSでは菅に大きな存在感はなかった。だが政治主導でワクチン接種を加速化させた実績は、実直に実務に当たっていた医療従事者の間でも当時から評価されていた。流行株がオミクロン株に変わった現在でも、コロナ禍にあってワクチン接種は重要なカードだ。

しかし当時懸念されていたのはそもそもワクチン忌避だったことも忘れられている。日本ではワクチンそのものに疑義を持つ人がメディアにも一定数いる。過熱した副反応報道などを通じてワクチンのリスクばかりが伝えられたことで、予防効果のある子宮頸癌ワクチンの接種率は長らく低いままになっていた。新型コロナがこの二の舞いとなる可能性もあったのだ。

確かに反ワクチン論は出てきたものの、3回目のワクチン接種を終えた高齢者は90%を超えている。若年層の接種の進み方に課題は残しているが、ワクチンをめぐる政権の姿勢は国民に伝わったとみる。物価高が日々の話題になる状況にあって、菅政権が取り組んだ携帯電話料金引き下げの恩恵を受けている人々はかなりの数いるだろうし、不妊治療に対する健康保険の適用範囲拡大も同じだろう。

時に強権的で、説明不足が続いた政治手法に問題は確かにあったが、一方で政治の決断による実績もあった。それでも菅政権の存在感が薄いのは、菅が日本をこうしたいというビジョンらしいビジョンを打ち出せなかったことにある。党内でも地味なキャラクターで、「選挙の顔」にもふさわしくないとあっさりと見切りをつけられてしまったように思える。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英製薬アストラゼネカ、米国への上場移転を検討=英紙

ワールド

米EV推進団体、税額控除維持を下院に要請 上院の法

ビジネス

マネタリーベース6月は前年比3.5%減、10カ月連

ワールド

トランプ氏、義理の娘を引退上院議員後任候補に起用の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 9
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story