コラム

なぜトランプは根強く支持されるのか──歴史観と人種問題に見るバイデンとの対立

2021年03月01日(月)17時25分

これには政治的な理由もあった。

トランプ氏がこの委員会を立ち上げたとき、氏は大統領選の世論調査でバイデン候補に遅れをとっていた。このプランを立ち上げることで、右派の支持者を活性化させようとしていたのだった。

オバマ氏が変えたアメリカ

果たして「奴隷制を維持するために、アメリカ独立戦争が起きた」という主張は、史実として、理由の一つにすぎないのであっても正しいのかどうか。

この点は、「1619年プロジェクト」を好意的に捉えた人の中からも批判が出ている。それは絶対に間違っている、史実に反すると言って。ニューヨーク・タイムズ社内でも大混乱を引き起こした。

しかし、良心的なアメリカ人は考える。確かに、白人入植者は自由のために戦った。輝かしい自由を手に入れた。独立を勝ち取った。しかし黒人は違った。彼らは鎖につながれて、強制的にアメリカに連れて来られた奴隷であった。これも紛れもない事実なのだと。

それに、「1619年プロジェクト」は、奴隷制や、アメリカの黒人の歴史や立場について、広範な論点を提示しているプロジェクトである。建国問題だけを扱っているわけではない。

しかし、このような大地殻変動が起きたのは、アメリカ人がバラク・オバマ氏を大統領に選んだからだ。他ならぬアメリカ人自身が選んだ大統領だ。

黒人であるにもかかわらず、彼が大統領に選ばれたのは、黒人奴隷の子孫ではなかったからだろう。

彼の父親はケニア人留学生で、白人の女性とハワイで出会って結婚、バラクが生まれた。優秀な父親はハーバード大学大学院を卒業、離婚して母国に単身帰国、官僚として国に奉仕したあと、息子が大統領になる前に亡くなった。

そして父親の出身国ケニアは、インド洋側(東)の国だ。大西洋側(西)の国々と異なり、一般に「黒人奴隷」のイメージをもたれていない。

そんなバラク・オバマだからこそ、アメリカ史上初の黒人大統領に選出されたのだろう。彼が起こした「奇跡」が、今アメリカを根本から揺さぶり、変革させようとしているのである。

トランプ大統領、離職2日前のレポート

このような巨大な歴史のうねりに対抗できる人物には、カリスマ性が必要だ。常識人でインテリではダメなのだ。

並外れた強さをもち、誰も真似できないエネルギーをもち、常識では考えられない言動さえもはばからない人物、それがドナルド・トランプなのだと思う。

トランプ政権があと2日で任期が終わるという、最後の最後である1月18日、トランプの「1776年委員会」はレポートを発表した。政権が民主党にうつることで、解散させられるのを予期していたのだろう。

内容はとりわけ、1960年代以降の進歩的な知識人によってつくられた「歪められた歴史」と呼ばれるものを糾弾している。

「人道的で自由な教育は、(60年代以降の)新しい教育によって、多くの場所で取って代わられてしまった。アメリカ人は、自分たちの本質、自分たちのアイデンティティ、自分たちの場所と時間から遠ざけられてしまった」と主張している。

委員会は、「本物の教育(authentic education)」を創ることを推奨している。アメリカ人が皆平等であることを教え、「国を愛する心」の育成を奨励すること、「ほぼ独占的に一次資料に頼ること」を含んでいるという。

「この国には、他の国と同じように不完全な部分があるが、歴史の年代記の中でアメリカは、最大の割合の自国民と、世界中の他の人々のために、個人の自由・安全・繁栄を、最大の度合いで達成してきた」と述べている。

最後の最後の時ではあったが、レポートとして形に残しておかなければならないという、同委員会の意志が感じられる。不十分ではあっても、トランプ政権中に発表されたことで、ホワイト・ハウスのアーカイブに残ることになる。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化

ワールド

米国のウクライナ「安全保証」近く決定、26カ国が部

ワールド

ガザ市で退去命令に応じない住民が孤立 イスラエル軍
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 6
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 9
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 10
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story