コラム

「犬を殺せば賞金」「公園散歩は犯罪」、イスラム教で嫌われる犬たちに変化の時が

2022年12月06日(火)18時03分
インドネシアの犬

インドネシア、北スマトラのシナブン火山の噴火で被災した街を歩く犬(2014年1月) Beawiharta-Reuters

<イスラム教において不浄で不吉な動物と見なされる「犬」をめぐる状況に、サウジアラビアやUAEなどで変化の兆しが見えてきた>

「犬を殺した者には賞金を与えよう。1匹につき20シェケル(約800円)だ」

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸ヘブロンのタイシル・アブ・スネイネ市長が11月2日、地元ラジオ局とのインタビューでこう述べると、犬が殺されたり虐待されたりする様子を収めた写真や動画がSNSで広く共有された。動物愛護協会から個人に至るまで、これを非難する声が強まると、アブ・スネイネ市長は「いい考えだと思っただけ」「冗談」などと釈明し、賞金制度は実施していないと否定した。

パレスチナ自治区の住民の9割以上はイスラム教徒だ。イスラム教において犬は不浄で不吉な動物とされ、一般に忌み嫌われてきた。

それは、イスラム教の預言者ムハンマドが「狩猟や放牧に使われる犬を除き、全ての犬を殺すように命じた」とか「犬を飼う者は、農耕や放牧のための犬を除き、日々の善行から一部を差し引かれる」「天使は犬のいる家に入ることはない」、あるいは黒い犬について「悪魔だ」と言ったなど、犬についての伝承(ハディース)が数多くあるからだ。

ハディースはイスラム法において、啓典『コーラン』に次ぐ権威を認められている。「犬を殺した者に賞金」という発言が、単なる冗談では済まされない背景がイスラム世界にはある。

世界最大のイスラム教徒人口を擁するインドネシアでは2019年、土足のまま犬を連れてモスク(イスラム礼拝所)に立ち入ったキリスト教徒女性が冒瀆罪で起訴された。モスクという場に不浄な「土」と「犬」を持ち込む行為が「神に対する冒瀆」という犯罪を構成すると見なされたからだ。この女性は精神疾患を理由に有罪判決は免れたものの、冒瀆罪で有罪判決を受けた場合、最高で5年間刑務所に収監される可能性がある。

テヘランでは公園での犬の散歩が犯罪に

イランでは首都テヘランの警察が今夏、公園での犬の散歩は犯罪になると発表した。テヘラン在住の獣医はBBCに対し、当局は押収した犬のための「牢屋」まで作ったと述べている。

かつてイランでは農村から王室に至るまで犬を飼うことは一般的であり、イランは1948年に中東で初めて動物愛護法を制定した国の1つでもあった。状況が大きく変わったのは1979年のイスラム革命後だ。イスラム法学者がイスラム法により統治することになったイランでは、犬を飼うことが「西洋化の象徴」として敵視されるようになった。イラン議会は、ペットの飼育を全面的に制限する「動物に対する国民の権利の保護」法案も検討している。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story