コラム

選挙が民主主義を殺す──世界3大民主主義国で起きていることは日本でも起きている

2021年01月25日(月)15時30分

2019年インドネシアでは、ジョコ大統領再選を受け、選挙の不正行為をめぐって抗議活動が暴徒化した...... REUTERS/Willy Kurniawan

<アメリカ大統領選は、ネット世論操作の応酬、選挙後は不正選挙疑惑など話題の絶えない選挙だった。こうしたことはインドとインドネシアの選挙で似たようなことが起きていた......>

新しいアメリカ大統領ジョー・バイデンの就任式が終わり、トランプ政権も幕を閉じた。先日の選挙期間中はネット世論操作の応酬、選挙後は不正選挙疑惑やホワイトハウス抗議デモなど話題の絶えない選挙だった。しかしアメリカで起きたことは特別なことではない。

2020年のアメリカ大統領選の前年に行われたインドとインドネシアの選挙で似たようなことが起きていたのである。アメリカ、インド、インドネシアはその人口の多さから、世界の3大民主主義国家と呼ばれている。おそらくこれから世界中の主要な選挙で似たようなことが起きる。そして、『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』(スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジラット)に書かれているように、民主主義は死ぬ。

世界の3大民主主義イベントで露呈した戦場としての選挙

3大民主主義国の選挙で共通して起きたのは次の3つである。

・強力かつ広範なネット世論操作を各政党が仕掛ける

広範におよぶネット世論操作手法が開発されており、それらを駆使している。詳細は、以前の記事「アメリカ大統領選は、ネット世論操作の見本市 その手法とは」や「アメリカ大統領選に投入されていた秘密兵器 有権者監視アプリ、SMS大量送信、ワレット」)などにくわしい。

インドおよびインドネシアで行われたネット世論操作については、アジアのネット世論操作の状況を整理した「Social Media, Disinformation and Democracy in Asia: Country Cases
」(ADRN、2020年10月)にくわしく書かれている。インドやインドネシアもアメリカと同様にネット世論操作を活用していた。インドではアメリカの広告代理店も利用していたのだから、当然とも言える。

この3カ国が特別ではなく、世界の多くの国では選挙とネット世論操作は切っても切れない関係になっている。世界各国のネット世論操作の状況をまとめた年刊『2020 Global Inventory of Organized Social Media Manipulation』(The Computational Propaganda Project at the Oxford Internet Institute、2021年1月13日)によれば、世界81カ国でネット世論操作が行われている。この年刊は公開されている資料を基にしているため、「最低でも81カ国」と読んだ方がよい。

・選挙に対する国民の信頼が低下し、選挙委員会への信頼もゆらぐ

選挙への不信感も広がっていた。アメリカ大統領選の不正選挙疑惑は日本でも報道されたのでご存じの方も多いだろう。インドネシアでも似たようなことが起きた。ジャカルタ北部の港で中国から送られてきた数百万のジョコウィ(候補者)とパンチされた投票用紙が入った7つの箱が発見されたというビデオ、投票者リストに「問題のある」名前(実在しない)が1,750万人あったというデマ、廃棄された使用済み投票用紙がジャカルタ北部で見つかった、選挙管理委員会職員が賄賂を受けとったというフェイク動画などさまざまな情報が拡散された。アメリカの大統領選でも似たような話をSNSで多く見かけた。インドネシアの状況の詳細については拙ブログの「民主主義の現在 アジアのネット世論操作の現状 インドネシア編」に詳しい。

・社会の分断が進む

ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る」ことがわかっている。ネットで拡散しやすい怒りや嫌悪の感情を刺激し、ここに「逆検閲(reverse censorship)」(大量の情報を流布させることによって、正しい情報を埋もれさせる)もくわわり、SNS利用者は情報の信頼性よりも利便性(アクセスの容易さ)を優先するようになり、SNSでニュースを読むようになる。真偽は関係なく利用し、感情を刺激されて反応する。そして分断化を広げることになる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪6月失業率は3年半ぶり高水準、8月利下げ観測高ま

ビジネス

アングル:米大手銀トップ、好決算でも慎重 顧客行動

ワールド

WTO、意思決定容易化で停滞打破へ 改革模索

ビジネス

オープンAI、グーグルをクラウドパートナーに追加 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 5
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 6
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 7
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 8
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 9
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 10
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 7
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story