コラム

北朝鮮に対する軍事攻撃ははじまるのか

2017年04月15日(土)18時58分

トランプ政権としては、曖昧戦略で軍事力行使の実現可能性を極大化して北朝鮮政府を追い詰めながらも、同時に暴発しないように「体制転換はしない」というメッセージを送ることで後ろからの「逃げ道」を用意する。他方で、中国に対しても、これまでの制裁回避の不誠実な対応に対して怒りをこめて圧力をかける。

かなりリスクの大きな賭けではあるが、リスクを怖れて放置したことで事態を悪化させたブッシュ政権やオバマ政権とは異なるアプローチを選択することは悪いことではない。

「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ」

トランプ政権の対外政策については、私はいまだにかなりの懸念を有しているが、他方でこれまでのところは日米関係や米中関係など、想像以上に柔軟で賢明な行動をとっている印象もある。それには、おそらくは次のような根拠があると考えている。

今回のアメリカの北朝鮮政策は、まさに「力による平和」の典型例のようなアプローチである。おそらくは、戦略の逆説を論じたエドワード・ルトワックの古典的名著『戦略論』や、新刊本『戦争にチャンスを与えよ』で描かれている、有用な戦略論が応用されているのではないだろうか。ルトワックは、『戦略論』の冒頭で、次のように述べている。

「汝、平和を欲するなら、戦いに備えよ。これは、強力な軍備の必要性を説く人々が頻繁に引用する古代ローマの諺である。戦いに備えることで、弱さが招く攻撃を止め、平和を維持するのである。あるいは、戦うことなく強者に屈服するよう弱者を説得することにより、戦いの備えが平和を確保できるのも確かである。」(ルトワック『戦略論』毎日新聞社、2014年、16頁。)

このルトワックの戦略論は、日本国内で広く浸透する原理主義的な、非武装を求める平和主義の思想では理解不可能であろう。私は、戦争をもたらす平和主義よりも、平和をもたらす戦略論をより価値のあるものと考えている。

戦略理論家のクラウゼビッツが述べたように、戦争はカメレオンのように変化をするので、これから北朝鮮の暴発や、偶発的な衝突なども想定できる。決して、軍事衝突の勃発に関する気を緩めてはならない。しかしながら、トランプ政権の要求の通り、もしも中国から北朝鮮政府へと適切な圧力がかけられれば、しばらく金正恩体制は自制を選択するのではないだろうか。

とはいえ、これから毎日、新しい報道が入り、想定外の事態も考慮に入れて、日本政府もまた柔軟、冷静、適切に対応をしていくことが求められている。まだ危機は続いており、戦争勃発の可能性も残されているからだ。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story