コラム

CIA元諜報員が「生成AIはスパイ組織の夢のツール」と明言する理由

2023年06月01日(木)12時10分

世論を動かすことが簡単に

■偽情報 偽情報(ディスインフォメーション)の語源は、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンが1950年代に展開した「ディズインフォルマツィア」戦術で、受け手を誤解させるために嘘を流布することをいう。

情報機関は伝統的に、自らが広めたい説を裏付ける(ように見える)作り話や噂を広めることで、ターゲットとなる人々の意見や主張を変えようとしてきた。

例えば53年、CIAはイギリスの情報機関と協力して、イランのモハンマド・モサデク首相を失脚させ、親欧米的なモハマド・レザ・パーレビ国王を権力の座に就けるべく、激しい宣伝工作を展開した。おかげでCIAは、ごくわずかなコストで、モサデクの退任を求める数千人のデモ隊を出現させることができた。

生成AIは、その数千倍の影響を及ぼせるだろう。ターゲットとする社会で話されているさまざまな方言や、民族や階級に特有の表現や論調に合わせて文章をリアルタイムにアレンジすれば、より説得力のあるメッセージを繰り出すことができる。

ターゲットの特性に合わせたチャットボット(自動会話プログラム)を作って、陰謀論を説得力を持って広め、特定の人たちを誤解させることもできるだろう。同じ意見や主張も、いくつもの表現方法で世の中にあふれ返させることができれば、あたかも社会の幅広い層が同じ意見を抱いているという錯覚を生み出すことができる。

例えば、生成AIを使った偽情報作戦は、次のようなものがあり得る。数千人の一般市民のツイートやコメントを装って、アメリカがウクライナで、ロシア軍関係者への空爆を計画していたという説を広める。これはアメリカとロシアの間で戦争が起こるリスクを高めるとともに、「ウクライナ侵攻は自衛のためだった」というロシアの主張の信憑性を高める。あるいは、日本の自衛隊が、21世紀版の従軍慰安婦を組織する秘密交渉を進めているという作り話を広めることもできる。

この工作が成功すれば、日米の敵対国が恩恵を受け、日米両政府の弱体化につながる論争が巻き起こるだろう。両国が最終的に嘘を暴いたとしても、時間の浪費、不確実性、不信、不和など何らかのダメージは残る。政策が変わる可能性もある。生成AIを使ったこの種の攻撃は、過去の偽情報作戦とは比較にならないほど強力なものになりそうだ。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点

ビジネス

AIブーム、崩壊ならどの企業にも影響=米アルファベ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story