コラム

五輪に投影された日本人の不安は、どこから来たものだったのか

2021年09月10日(金)15時05分
東京五輪のサーフィン競技会場(千葉県一宮町・釣ヶ崎海岸)

東京五輪のサーフィン競技会場(千葉県一宮町・釣ヶ崎海岸) RYAN PIERSE/GETTY IMAGES

<東京オリンピックは行き場のない「不安」がうごめく現代社会の隠喩だった。国全体が「引きこもり」になった。だがこれは、日本だけにとどまらない歴史的な傾向だ>

日本ならではの洗練と現代性で世界を魅了するチャンスであり、また世界最高のアスリートに圧倒されつつ、誇りが胸にあふれる2週間の祭典――東京オリンピックはそんな場になるはずだった。

今回の五輪には十分、夢中になった。日本が2対0でアメリカに勝利した野球の決勝戦では、日本代表を応援すらした。ほんの少し、そしてほんの一瞬目をつぶれば、そこには純粋なヒーローがいて、おとぎ話は本物だった。

だが、日本での五輪体験は違ったようだ。野球日本代表が金メダルを獲得した試合も、もちろん観客席は空っぽ。東京五輪では、観客は姿の見えないバーチャルな存在だった。

デジタル化された世界は、果たしてリアルなのか。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で、五輪は行き場のない「不安」がうごめく現代社会の隠喩になった。孤立した人々のために競技や社会生活がスクリーンに映し出され、国全体が「引きこもり」になった。

愚鈍な政府は国民に五輪を押し付け、新型コロナ感染者数が急増し、病院の集中治療室が現実の病人であふれるさなかで、ポジティブムードをつくり出そうとした。

五輪とパンデミックが重なったのは全くの不運だ。だが日本では、新型コロナの累計感染者数が150万人以上に達するなか、国民の反対意見を押しのけてバーチャルな祭典を開催した事実よりも根深い不安が渦巻いている。

今の日本は、日本だけにとどまらない歴史的な傾向に直面している。意外なことに、こうした傾向は日本で引きこもる人々を、ネオファシズム主義のドナルド・トランプ支持者や、ウサマ・ビンラディンとジハーディスト(聖戦士)、ドイツのネオナチの「同類」に変えている。

個人が中心になった末に

この7世紀の間、「現代化」という勢力はより「伝統的」な社会を徹底的に蹴散らしてきた。自室に籠もろうと、米連邦議会議事堂を襲撃しようと、スクールバスを爆破しようと現代化の波からは逃れられない。

西暦1300年前後に欧州で芽生えたルネサンスは、人間を世界の中心に据え、個人という存在に力を与えた。懐疑的で批判的な思考法が発達し、「真実」はもはや神聖でも永遠でもなくなった。そして次第に、おそらく何もかもが意味を持たなくなった。

17世紀を迎える頃には、人間自身が自らの運命や人生の目的を決める存在になった。この認識が不安や混乱、虚無感を生み出した。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸、米株高の流れ引き継ぐ 上値追いは限

ビジネス

午後3時のドルは157円前半で底堅い、円売り圧力根

ビジネス

トヨタ・ホンダ・マツダ・ヤマハ発・スズキ、型式指定

ワールド

インドの格上げ、今後2年の財政状況見極めながら検討
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...すごすぎる日焼けあとが「痛そう」「ひどい」と話題に

  • 4

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 5

    1日のうち「立つ」と「座る」どっちが多いと健康的?…

  • 6

    ウクライナ「水上ドローン」が、ロシア黒海艦隊の「…

  • 7

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 8

    「娘を見て!」「ひどい母親」 ケリー・ピケ、自分の…

  • 9

    中国海外留学生「借金踏み倒し=愛国活動」のありえ…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 4

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 5

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 6

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story