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麻生発言のように「戦争になる」ことから逆算する「手口」
こうしたゲーリング的な扇動が現代でも成功してしまいかねない理由の一つは、戦争の可能性を認識することが、いわゆる「現実的」な思考だと思われているからだ。戦争の可能性がある限り戦争の準備をするのは当然であり、それを批判する平和主義者は非現実的だ、というわけだ。
しかし、本当にそうした思考は現実に基づいているのだろうか。たとえば沖縄における基地反対運動には、日本の米軍基地のほとんどが沖縄に押し付けられていることに伴う日常生活への様々な負担への怒りがある。これは極めて現実的感覚に基づいた反対運動だといえるだろう。また辺野古への海兵隊基地移設反対運動に関しても、辺野古周辺は地盤の問題から空港建設に適さないことが明らかになっており、そのような「現実」を推進側は無視している。
何が現実的で、何が現実的ではないかの問題は極めて流動的なはずなのだが、なぜか軍事に関する思考だけは「現実主義」として、特権的に現実的なるものの地位を約束されているような風潮がある。麻生発言は先述のように極めて国内向けであり、外交的にいえば、与党有力者の発言としては準備不足の「麻生節」でしかない。それにもかかわらず、ネット上では「本当のことを言っただけ」として、一定の支持を集めている。しかしそれは、文字通りの虚偽意識、つまりイデオロギーではないだろうか。
ウクライナ戦争以後、冷静さを欠く「現実主義」
平和主義に対する「現実主義」からの攻撃は日本だけでなく、世界的にも激しくなっている。今年2月のウクライナでの開戦以後、ドイツがロシア寄りの外交をし続け、エネルギー政策で密接に結びついてきたことは世界中から失敗だったと評価されている。しかし中には、ドイツ統一・ソ連崩壊以後のシュレーダーとメルケルの両政権時代のみならず、西ドイツのヴィリー・ブラント首相が行った「東方外交」までも非難の対象とする識者もいる。
1969年、西ドイツにおいて初の政権交代を果たした社会民主党のブラント首相は、外交政策として東ドイツ、およびその後ろ盾であったソ連との融和を目指した。その外交姿勢は「東方外交」と呼ばれ、アメリカの反発を受ける一方で、東西ドイツの国際連合加盟や全欧安全保障協力会議の開催などの成果を成し遂げた。
こうした西ドイツの外交方針が、統一ドイツに継承され、ロシアを増長させたというのだ。しかしそれはウクライナでの開戦という結果からみた印象論にすぎず、ここ50年の国際環境の変化を無視している。冷戦下のドイツは分断国家であり、何か事があれば真っ先に戦場となるのはドイツであった。アメリカとソ連の火遊びで、国土が焦土と化してはたまらない。東西の緊張緩和を実現すること以外にドイツが生き残る道はない。それが東方外交の「現実主義」だったのだ。
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