コラム

アメリカで人気の反フェイスブックSNS「エロー(ello)」の実力

2014年11月19日(水)15時59分

 アンチ・フェイスブックのソーシャル・ネットワーク・サービス「エロー(ello)」が話題を呼んでいる。

 エローは、もともと何人かのエンジニアやデザイナーたちの内輪のネットワークとして作られたのだが、その噂を聞いた人々からの利用希望が増えたため一般バージョンを発表。それが今春のことだった。

 注目がピークを迎えたのは今年9月。フェイスブックが実名ポリシーを押し付けたことによって、ドラッグクイーンやミュージシャンら偽名や芸名を使っていた数100のユーザーのアカウントが閉鎖された時だ。

 偽名を使うのは身の安全を護るためと主張するゲイなどLGBT(性的少数者)コミュニティーが抗議運動を起こしたが、当初フェイスブックは「サイバーいじめは実名の方が起こりにくい」と反論(その後、実名ポリシーは変更)。それがLGBTコミュニティーだけでなく広く世間一般のフェイスブックに対する反感を煽る形になり、エローへの注目が急上昇した。ピーク時には1時間当たり31,000人の新規登録が殺到したという。

 アンチ・フェイスブックとしてのエローの依って立つところは、「ユーザーは商品ではありません」という点である。これは、「利用料がタダならば、そのサービスの商品はあなた自身」という無料インターネット・サービスの「常識」を突いたもの。ユーザーのデータを広告業界などに売ることで収入を上げることで悪名高いフェイスブックに対抗するため、エローはユーザーに実名での利用を強制せず、ユーザーのデータを売ることもなく、広告も表示しないと謳っている。

「ソーシャル・ネットワークとは騙したり強制したり操作したりするための道具ではなくて、人々がつながり、創造し、人生を祝福するための場所であるべきだ」とエローは述べている。

 そんなエローは、数社のベンチャー・キャピタリストから550万ドルほどの投資を受けているものの、今後儲けを出さなくても文句を言われないよう、公益法人として登録し直したようだ。アメリカの公益法人は社会に貢献することを第一義とする営利企業で、数年前から州ごとに設置されているカテゴリーだ。

 アンチ・フェイスブックなどとアピールしていても、そのうち運営費用が足りなくなって広告主にひれ伏すだろうという一部の予測を否定するための動きだ。エローでは、いずれ儲けを出すようなサービスを加えていくとしており、とりあえず今は期間限定のアーティストTシャツを販売している。

 現在100万人以上のユーザーを抱えるエローはまだベータ版の状態で、登録にも招待が必要だ。ユーザー登録が集中した際にはサイトがダウンするなど、まだまだ手作りの状況であることが察せられる。メジャーなソーシャル・ネットワーク・サービスと呼ぶには、ユーザー数の点でももっとスケールが必要だし、ちょっとサイトを見たところでは、デザインはシンプルなのにわかりにくいところも多々ある。

 エローのようなソーシャル・ネットワークの「常識」を踏襲しない新しいサービスに成長して欲しいと望む一方で、「なかなか簡単ではないだろうなあ」と思ってしまうことも確かだ。アンチ・フェイスブックのサイトで言えば、以前にもディアスポラというサービスが作られた。今でもあるものの、未だフェイスブックほどの注目は集めていない。

 エローといえどもフェイスブックと同様のユーザー数を獲得するのが難しい理由はいくつかある。

 まず、一部の人々も指摘しているように、まだインターフェイスがこなれていないために少々使いづらい。次に、何と言っても「ソーシャル」だから、そこにたくさんユーザーがいなければ成り立たない。ソーシャル・ネットワークは一定の閾値を超えなければ、密度が足りなくて意味をなさない。逆に言えば、その閾値を超えれば加速度的にユーザーが増える。

 さらにある専門家が指摘しているように、後発としては何か新しい機能性がなければ注目を集めないだろうという点。たとえば、インスタグラムのように撮った写真がおもしろい方法で加工できてシェアできるとか、ピンタレストのように自分のテイストを披露できるなどの機能だ。今のところ、そうした新しい機能はエローには見られない。

 だが、もっとも大きな理由は、ユーザーが現状のソーシャル・ネットワーク・サービスに不満を言いながらもまだ愛想を尽かしてはいない点だ。「いつも同じ広告が表示される」とか、「プロモーションが出てきて邪魔」という声が聞かれ始めたものの、便利さを享受したい気持ちやつながっていたい気持ちの方が大きくて、そんな障害を乗り越えて利用を続ける。反対側から見れば、広告主らはそれだけ巧みということである。

 自分のプライバシーやデータ売買について意識的でなければ、大多数のユーザーは「わかっているけれども、まあいいか」という状態であるのは容易に想像がつくことだ。だがいずれは、ユーザーを商品とすることが時代遅れに見えるような新しくて賢いソーシャル・ネットワーク・サービスのモデルが出てきてほしい。だからこそ、エローの行く末には注目したいのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story