コラム

炎上した「愛心」

2013年02月10日(日)19時50分

 2013年1月4日午前8時40分、河南省蘭考県で起きた火災が7人の子供の命を奪った。焼けたのは14人の子どもたちが暮らすアパート。そのうち4人は養母の袁厲害が運転する電動三輪車に乗って正月休み明けの小学校へと出かけ、もう1人は72歳になる袁の母親に付き添われて学校に向かった後に火災が起こった。

 黒煙が上がっていることに最初に気がついたのは近くに住む袁の長女。妊娠5カ月の彼女が慌てて夫に連絡し、その夫が駆けつけた時には建物は煙に包まれ火が燃え盛っていたという。同時に駆けつけた袁の最も年長の養子が中に飛び込み、助け出せたのは一人だけだった。

 亡くなったのは小児麻痺や心臓病、脳障害、知恵遅れなどの障がいを持つ、生後7カ月から5歳の子どもたち、そして毎日学齢期の子どもが学校へ、そして大人たちが仕事に出かけた後に彼らの世話をしていた知的障がい者の20歳の若者。消防署によると、そのうちの誰かが屋内で火遊びをしたことが出火原因だという。

 事件がことのほか大きな注目を浴びたのは、亡くなったのが皆障がいを持つ子どもたちばかりだったこと。そしてこれほどの数の子どもたちが袁厲害という女性のもとで、「袁」という姓を名乗って暮らしていたこと。そしてその袁が近くの病院の入り口そばで店舗を経営する民間人だったこと。

 実は袁は孤児院のない現地で障がいを持つ孤児たちを引き取って育てている「愛心媽媽」として、すでにこれまでにも何度かメディアに取り上げられており、知らない者はいない人物だった。だが、この火災をきっかけに、袁が孤児の引き取りについて定めた法律に違反したとして最大7年間の禁固刑に問われる可能性が取りざたされ、また実際に現地民政局関係者ら6人がその監督責任を問われて処分を受けた。

 だが、事件は袁が子どもたちを引き取ることになった経緯、そして袁の「育て方」、さらには袁の「意図」をめぐり、さまざまな意見や報道が飛び出し、激しい議論を生んでいる。以下、簡単に箇条書きして書き出してみた。あなたはどこが引っかかるだろうか。
 
1)袁厲害は1965年、河南省の農村地区蘭考生まれ。祖父に付けられたという名前「厲害」は中国語で「すごい」「激しい」を意味する。彼女は小学校を1年でやめ、病院の入り口のそばでお茶を売る、祖父の仕事を手伝い始めた。

2)1986年に病院の前の店兼住居で暮らしながら病院の雑用も請け負っていた袁は、病院で死んだ赤ん坊の始末を任され、埋葬先に送り届ける途中に赤ん坊がまだ生きていることに気づく。彼女は子どもの親を探したが見つからず、そのまま家に連れて帰って育て始める。

3)その後、病院に置き去りにされたり、捨てられた子どもたちを次々と引き取り始める。農村地帯の蘭考では栄養不足から脳疾患を患ったり、障がいを持った子どもが生まれることがあり、養育費や治療費に悩んだり、都会に出稼ぎに出るのに足手まといになるのをおそれた親たちが子どもを病院に置き去りにされることがよくあった。生まれたのが女の子だったというだけで置き去りにされた赤ん坊も袁は引き取った。当時の袁の収入は月わずか100元あまり(当時のレートで約3000円)だった。

4)身寄りのない子供を引き取って育てる袁は現地で知られるようになり、警察、病院、民政局などが帰る家のない子どもたちを袁のところに届けるようになる。また実際に養育に困った親族が赤ん坊を連れてくるケースもあった。蘭考県は国家レベルの貧困県とされ、現地政府の関係者はメディアに「県内には孤児院がない。県の発展計画には孤児院建設は入っていない」と語る。政府は法律で定められた子ども一人あたりの「孤児」養育手当のほか、ミルクや布団、着古した服などの必需品を袁に提供する形で相互協力関係を容認した。

5)子どもたちは皆「袁」の姓を名乗り、袁を「媽媽」(お母さん)と呼ぶ。ほぼ文盲の袁は子どもたちをそれぞれその障がいや身体的特徴から名前を付けた。袁がそんな子どもたちを引き連れて歩く姿は街では日常だった。

6)1993年、十数人の子どもを引き取った袁もさすがに手に余り、一番近い都市、開封にある「福利院」(孤児院)に最も障害が重い子供たち3人を届けたところ、福利院側は「国の補助が低すぎる」と受け入れなかったため押し問答になる。袁はそのまま子どもたちを置いて、福利院の追手を振り切るために「生まれて初めてタクシーに乗った」。

7)そんな袁は自分の次男を河北省の夫の里に送って養育を任せた。そこで12歳まで暮らした次男はその間2回しか母親は会いに来てくれなかったといい、地元に戻って結婚した今でも母が育てる養子たちに近づかないという。1995年には袁と夫が大げんかの末、夫は家を出て河北省の養老院で住み込みコックとして働き始める。

8)袁自身によると、これまで育てた子どもたちはすでに100人を超えているという。2008年に国の政策が変わり、身寄りのない子供一人あたりに対して孤児院に支払われる養育手当が月1000元(個人の場合は600元)に引き上げられると、開封の福利院が今度は自主的に袁のもとにやってきて子供を求めるようになった。この時期、袁は福利院の子どもの数を上回る子供を育てていたという。

9)福利院の訪問をきっかけに、袁は子どもたちを重度の障がいを持つ「良くない」(「不好」)、「良くも悪くもない」(「不好不『不好』」)、「良い」(「好」)にそれぞれランク分けし、障がいが重い子どもたちから福利院へと預け始める。実際には心臓病や俗称「みつくち」と呼ばれる口蓋裂が原因で捨てられた子どもたちは国による無料手術を受けることができた。そのため、外見上はほとんどかつての障がいが分からないようになった子どもたちを袁は後者二つのランクに入れて手元に残した。他に障がいをもたない「アルビノ」と呼ばれる先天性白皮症の子どもたちも袁の手元に残された。

10)袁は手元の子どもたちのうち、一部「良い」子どもたちを自分の知り合いや親戚の家に預け、月ごとに費用を渡して養育を任せるという方法を取り始める。同様に重い障がいを持つ子どもたちの委託養育も始めた。費用をもらって養育を引き受けたのは袁の親戚のほか、一人暮らしの老人や低収入の家庭など。

11)廃品回収を生業とする老人に育てられている子どもたちは、廃品の中で暮らしているところが目撃されている。この頃、袁から月に1人あたり400元を受け取って子供を預かっていた老人が、病気で死んだ赤ん坊をそのままビニール袋に入れて捨てるところを見たという記者もいる。また同じ頃に子どもたちがお菓子一個を取り合い、「下品な言葉で罵り合い、激しく殴りあう様子」を「袁は笑って見ていた」と、袁の文化的素養の欠落を指摘する報道が後に現れる。

12)袁が親戚に「良い」子どもたちの養育を委託したのは、まず福利院から子どもたちを遠ざけ、養子縁組を求めて袁のところにやってきた人たちに「良い」子どもを預けて金銭を得るためだという噂が流れ始める。メディアに「愛心媽媽」として取り上げられ、広く知られるようになった袁のもとには、さまざまな寄付や援助も届くようになったことを、袁も認めている。

......そして起こった1月の大火災。現場の写真は「みすぼらしい」という言葉がぴったりな「住居」だった。だが、それと同時に、民間の、決して豊かとはいえない一般女性がこれだけの数の孤児たちを育てていたこと、そしてそれが知られるようになっても個人の好意以外には公的支援を受けていなかったこと。さらにその引き取られた子どもたちがゴミの山や掘っ立て小屋のような環境の中で分散して生活していたこと――などが社会に大議論を巻き起こした。

 火事のあと、一時拘束されて取り調べを受けた袁は高血圧で倒れ、入院。子どもたちはすべて開封の福利院に引き取られた。だが、30人あまりいたとされる子どものうち、福利院に引き取られたのはわずか10人あまり。残りはどこにいったのか? 袁が金銭と引き換えに養子縁組に出したという話を、袁は否定しなかったとされる。

 一方で報道によると、福利院に引き取られたのは子どもたちは3日後には新しい環境に馴染み始めたが、「お母さんが恋しい、どこにいるの?」とたどたどしい文字で書いた子どももいたという。

 そこに2月に入って人民日報傘下の「人物雑誌」が「厲害女史」というタイトルで、「愛心媽媽」袁厲害の「蓄財疑惑」を報道して大騒ぎになる。

 それは袁が「自分と家族のために20軒を超える住宅を建て、あるいは購入していた」という内容で、そのリードは読者に「引き取られた子どもたちがあんなに貧しい生活をしていたのは、袁が手にしたお金を自分のために溜め込んでいたのではないか」というイメージを振りまいた。

 だが、記事では小さな町で袁と日常的な付き合いのある人たちの口から、袁が「投資した」「買った」という言葉を聞きだしたのみ。その実際の収入や「投資」を具体的に証明する証拠は一切示されていなかった。記事ではそれこそが「袁の放漫経営」のせいだとしていたが、すべてが「目撃」と「証言」で成り立ったこの記事は、さらに袁がこの貧困県政府との暗黙の下で子どもたちの養育手続きを取り、警察などを通じてとった証明書で子どもたちの養育手当を受け取っていたと伝えている。

 記事が発表されると、袁はベッドの中から無実を訴え、また娘婿がブログで同誌が「袁が手に入れて住居を建てた」とした土地は、袁の店舗があった病院前の土地が病院の拡張計画で収用された代わりに手に入れた土地で、その建築物とは今回火災が発生した「子どもたちが暮らすための場」だったと反論。その他の「投資」も根拠のない噂にすぎないと訴えた。

 また記事では、メディアに取り上げられて「愛心媽媽」と持ち上げられた袁に、政府関係者との取り持ちを頼む人たちが現れ、その御礼を受け取っていたと暴露。だが、こちらも「仲介の労をとって仲介費を取るのがなぜ悪い?」「子どもたちを育てるためにはお金がいる。まさか、誰からも何も受け取らずに皆で餓死しろというのか?」という反発が袁を支持する人たちからあがった。

......さまざまな報道を読んだわたしも、子どもたちが暮らしていたという、壁は真っ黒でぼろぼろの家、そしてこれまた真っ黒なふとんに息を呑んだ。だが、1月の火事で亡くなった、20歳の知的障害を持つ若者は、以前取材に訪れた記者がなぜ袁と暮らし続けるのだ?と尋ねた時、「袁母さんと一緒にいればご飯が食べれる」と答えたという。

 袁は子どもたちを利用するために引き取り続けたのだろうか。だが、払った犠牲はあまりにも大きい。さらに「20軒以上の家や土地を手にした」という記事上には、どこにもその言葉が読者にもたらすぜいたくな生活を、彼女や彼女の家族が味わっているような描写はない。

 一体、袁のどこが間違っていたのか。袁は何を断罪されなければならないのだろうか。ならば最初から袁が何もしなければ何も起こらなかったとでもいうのだろうか。

「袁がやったとされることは農村なら普通のこと。それを都会的な視点で悪と決めつけるのは間違っている。あの環境で人間が生きていくためにはそれを受け入れるのは必然だ。都会育ちの人間には理解できないだろう」

 これは、農村出身だが自身は都会で働いて立身の地を見つけた人たちが、この大議論の中で発した言葉だ。わたしは彼らのこの言葉を判断の拠り所にすることしかできない。この事件はストレートな正義感では読み解けない。それほど、この国の人たちが直面する現実の闇の深さは深い。

【訂正】本文の22段落目にある袁厲害さんを告発する記事を書いた雑誌は「南方人物週刊」とありましたが、正しくは人民日報傘下の「人物雑誌」でした。


 

プロフィール

ふるまい よしこ

フリーランスライター。北九州大学(現北九州市立大学)外国語学部中国学科卒。1987年から香港中文大学で広東語を学んだ後、雑誌編集者を経てライターに。現在は北京を中心に、主に文化、芸術、庶民生活、日常のニュース、インターネット事情などから、日本メディアが伝えない中国社会事情をリポート、解説している。著書に『香港玉手箱』(石風社)、『中国新声代』(集広舎)。
個人サイト:http://wanzee.seesaa.net
ツイッター:@furumai_yoshiko

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