コラム

インプラント不要、ヒトの脳内思考を読み取ってAIで文章化する方法が開発される

2023年05月24日(水)10時20分
女性と脳

これまでは被験者の大脳皮質に外科手術で電極を埋め込む方法が一般的だった(写真はイメージです) MDV Edwards-shutterstock

<他人に思考が覗かれてしまう──そう聞けばディストピア小説のようだが、意思疎通のできない患者の要望を探ったり、犯罪を未然に防ぐことにも応用できる>

科学の力で、頭の中で考えていることを他人が正確に解読できるようになったら?

そのような近未来社会は、思考を他人に覗かれてしまうディストピア(暗黒世界)でしょうか。それとも、話さなくても頭の中に思い浮かべるだけで他人と意思疎通ができるユートピア(理想郷)でしょうか。

米テキサス大オースティン校の研究者らは、被験者(実験協力者)の脳内の活動を画像データで解読し、その人が新たに聞いたり想像したりしたことを文章で再現することに成功したと発表しました。研究成果は、5月1日付の神経科学専門誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」で発表されました。

「ヒトの脳内思考を読み取って再現する研究」はこれまでも行われており、一定の成果をあげてきましたが、被験者の大脳皮質に外科手術で電極を埋め込む方法が一般的でした。また、非侵襲的な方法で得られる脳内活動の予測は、単語や短いフレーズが精一杯でした。

今回はfMRI(機能的磁気共鳴画像法)という非侵襲的な方法にもかかわらず、被験者の思考を文章で再現できたところに価値があります。研究の詳細とともに、「脳の中を解読する研究」の意義についても考えてみましょう。

ChatGPTの起源「GPT-1」で再文章化

今回の実験で、研究者たちはfMRIで脳の解読をするために、まずAIのトレーニングを行いました。

fMRIは血流から脳活動をとらえる手法なので、刺激を受けてからMRI画像として反映されるまでは数秒間のタイムラグがあります。そのため、ある単語を聞いた瞬間の、リアルタイムの脳の状態は記録することができません。

そこで研究チームは、単語ではなく単語の集まりを知覚したときの脳の活動記録をfMRIで視覚化し、全体の意味をとらえて改めて文章化することで、頭の中で考えていることを再現させるという手法を考案しました。

この「再文章化」には、AIが採用されました。実際に使用されたのは、最近、自治体や大学機関で利用すべきかが議論となっている「ChatGPT」の起源である「GPT」です。GPTは開発会社のOpenAI社が2018年に最初に作成したAI言語モデルで、GPT-1とも呼ばれています。

単語の集まりを意味として認識した状態のfMRI画像をもとに、AIが意味から文章に再現しました。

たとえば、


「That night I went upstairs to what had been our bedroom and not knowing what else to do I turned out the light and lay down on the floor.
(その夜、私は二階のかつて寝室だった部屋に行ったが、他に何をすればよいのか分からず、電気を消して床に寝転んだ)」

という文章は、意味をつかんだAIによって


「We got back to my dorm room. I had no idea where my bed was. I just assumed I would sleep on it but instead I lay down on the floor.
(私たちは寮の部屋に戻った。寝ようとしたが、ベッドがどこにあるのか分からず、代わりに床に寝転んだ)」

と再現されました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story