コラム

体の左右非対称を決めるのは、化学物質ではなく「力」と判明

2023年01月17日(火)11時25分
ヒトの内部構造

一部の内部構造が左右非対称なのは「臓器を効率よく収めるため」という説も(写真はイメージです) magicmine-iStock

<2つの新技術「超解像顕微鏡」「光ピンセット」を駆使した理研グループの研究によって、哺乳類の発生初期に体の左右の違いを決めるシグナルが「機械的な力」に制御されていることが分かった>

多くの生物は、表向きは左右対称に見えても、心臓は左、肝臓は右に位置するなど内部構造は左右非対称になっています。

生命は、1つの細胞である受精卵から始まり、細胞分裂で上下、前後、左右方向に成長して、組織や器官(臓器)が作られます。頭と尾の方向、背と腹の方向の区別に比べて、生物がどのように体の左右を区別して特定の臓器を形成するかは、これまではよく分かっていませんでした。

理化学研究所(理研)の濱田博司チームリーダー、加藤孝信研究員らの研究グループは、哺乳類の発生初期に体の左右の違いを決定するシグナルが、「機械的な力」によって制御されていることを明らかにしました。解明には、近年ノーベル賞を受賞した2つの新技術「超解像顕微鏡」「光ピンセット」を駆使しました。研究成果は、2023年1月5日付の米科学総合誌『Science』に掲載されました。

活性化のメカニズムをめぐる2説の論争に決着

「体の左右の違い(左右非対称性)」は、近年、研究が進んだ分野です。

哺乳類の受精卵は、最初は左右対称に分裂していきます。左右非対称性は、ヒトでは受精後3週目、マウスでは受精後7.5日目に初めて現れます。内臓が正常に形成、機能するために必須であると考えられており、左右非対称性に異常が生じると、出生後に先天性心疾患などの重篤な病気が引き起こされる場合があります。

1990年代中頃にlefty、nodal などの左右非対称に発現する遺伝子が発見されると、この分野は遺伝子レベルでの研究が急速に進みました。これまでに、非対称な発現に関係するシグナル因子の働きなど、多くのメカニズムが解明されてきました。

哺乳類の発生で最初に左右対称性が破られる部分は、胚に一過的に形成される「ノード」と呼ばれるくぼみです。ノードの中には左向きの流れ(ノード流)があり、ノードの左側でのみ「左側を決めるシグナル」が活性化されることが知られています。けれど、「活性化のスイッチはどのように入るのか」「なぜ左側だけが活性化されるのか」などの根源的なメカニズムは不明でした。

鍵を握るのは、ノードをお椀に見立てた時に「お椀の縁」にあたる部分に存在する不動繊毛です。以前から、不動繊毛は左側を決めるシグナルの活性化に関わっていると考えられていましたが、長さがわずか5マイクロメートル程度のため、実際に動きを観察したり、直接触れたりすることは困難でした。そのため活性化のメカニズムには、①ノード流で運ばれてくる化学物質を感知する「化学受容説」と、②流れを物理的に感知する「機械刺激受容説」の2説の論争がありました。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、総裁「状況は正しい方向」 利

ビジネス

FRB「市場との対話」、専門家は高評価 国民の信頼

ワールド

ロシア戦術核兵器の演習計画、プーチン氏「異例ではな

ワールド

英世論調査、労働党リード拡大 地方選惨敗の与党に3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story