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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

温故知新ピアニストAndré Marquesによるブラジル伝統音楽をピアノソロで表現するプロジェクト

これまでに何度も来日公演を果たしているブラジル人ピアニストAndré Marques (photo by Dani Gurgel)

4月29日サンパウロ劇場、マスクを付けたコンサートマスターが舞台に現れると、客席から"生"の拍手が送られた。

パンデミックになってから1年ぶり、客席の25パーセントにあたる370席に限定し定期コンサートを再開することになったサンパウロ州立オーケストラ。
プロトコルに従うのは客席だけではない、舞台でも指揮者や弦楽器奏者は黒い衣装に合わせた黒いマスク姿、通常2人で1本の譜面台も間隔を開けるため1人1本用意されている。管楽器奏者に関しては、マスクが使用できない分、奏者の間に透明なアクリル板が置かれていた。
指揮者はコンサートの再開に相応しい曲として、多くの人に愛されるチャイコフスキーの交響曲第5番を選んだ。その様子はYouTubeにて無料配信され、放送終了後の今も視聴可能となっている。

|リスクありきの音楽活動

多くの人が待ちわびていたコンサートの再開だが、果たしてタイミング的に良いのかは判断が難しい。ブラジルではワクチンに否定的な大統領によって接種に出遅れている上、北東部にてインドからの変異株が発見されたこともあり、感染の第三派が訪れることも予想されている。
しかしながら、食品や生活用品の価格は高騰、これ以上の自粛は経済的な崩壊も懸念されているだけでなく、長引く自粛生活に精神的に疲れが出てきている今、音楽は私たちの生活になくてはならないものだと実感している人も多いだろう。
プロトコルを守りながら少人数向けのコンサートを開催した音楽家たちも、感染への恐怖心や、政府の発表次第で前日もしくは当日に公演中止せざるを得ないリスクを負いながら活動をしている。リハーサルを再開したオーケストラで集団感染が起こるといったケースもあった。音楽レッスンやフェスティバルはオンラインに切り替わったままだ。
当たり前のように行っていた事ができなくなり、経済的な負担はもちろん、音楽一筋で生きてきた人にとっては穴が開いたような気分だろう。 そんな中、このパンデミックの期間に新たな作品を作り出すインスピレーションを研ぎ澄ましたり、これまで作り上げてきたものを形にする機会に充てることができたとポジティブに考えようとしている音楽家たちもいる。

|ブラジルの伝統を伝え続ける音楽家たちの今

ピアニストとして活動しているAndré Marquesも、このパンデミックの最中に一つのプロジェクトを実現させた。
Andréは25年以上に渡って研究をしているフォホーのピアノソロアルバム『Forró de Piano』をリリースする。
フォホーとは、ブラジル北東部で発祥したアフリカ文化が起源となったダンスを伴う音楽文化だ。ブラジル音楽が面白いのは、土地によって音楽の起源が異なることで、例えば、北東部の文化は奴隷として連れてこられたアフリカ人たちの影響を非常に強く受けており、南部ではヨーロッパからの移民が持ち込んだ文化が根付いている。どちらも"ブラジル文化"には変わりなく、国の多様性と国土の大きさを改めて実感する。これだから「ブラジルは...」と続く文章を書くのは難しい。

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Andréのソロ作品や参加するHermetoグループのCDは日本でも発売されている(Photo by André Marques)

バラエティー豊かなブラジル各地の音楽文化について研究を続けるAndréは、その成果を演奏にて発表するだけでなく、私が卒業した音楽院や自身が主宰する音楽学校にて後進の育成に力を入れている素晴らしい指導者でもある。
そんな彼がフォホーに出会ったのはブラジルが誇る音楽家Hermeto Pascoalがきっかけだった。
1950年代後半からブラジルのラジオ局やキャバレーなどで演奏しながら、1978年には自身のグループにてモントルージャズフェスティバルに出演し世界的に知られるようになったHermetoは、ブラジル北東部のアラゴアス州出身。小さい頃からフォホーなど北東部の音楽文化に触れて育ち、その影響を受けた作品も多い。Andréは1994年からHermetoグループのピアニストを務め、世界中でコンサートを行っている。
パンデミックによって予定されていた同グループの公演や海外ツアーも中止となってしまったが、その時間を使ってアルバムリリースをすることができた。

温故知新なAndréの演奏スタイル

プロジェクトは"フォホーをピアノソロでどのように表現するか"というAndréの考案によって2018年に録音されたものだ。
元々ダンスありきの音楽で、アコーディオンとトライアングル、ザブンバと呼ばれる太鼓の両面を叩く楽器のトリオがトラディショナルな編成のパーカッシブな音楽をピアノ1台で表すアレンジするため、それぞれが持つ役割や全体の構造の理解が必要であり、そのためには根となる伝統的な名曲を沢山聴くことは欠かせないと本人は話す。 正直、今日のブラジルで一番聴かれているのはブラジルの伝統的な音楽が今風にアレンジされているものや欧米のヒットチャートであって、地方的な特色が強いフォホーなどは一部の地域を除いて古い音楽扱いされているのは事実である。

北東部発祥のフォホーが全国的に広まったのは1940年代半ば、北東部出身の音楽家Luiz Gonzagaの活躍がきっかけだった。
今ではブラジルを代表する音楽文化の一つとなり、時代と共にドラムやエレキベースなどが入ったり、歌唱方法や歌詞の内容が変わりながら存在し続けてはいるものの、サンパウロではフォホーをしらないという若者もいる。
確かに、フォホーをサンパウロの街中で聴くのは難しい。
しかし、Andréのように世界的に活動している音楽家がこうしてブラジルの伝統的な音楽を広めていることは大変貴重なことだ。即興や色とりどりのハーモニーを使ったモダンなアレンジは、少し聴いただけでは新しく作り上げられたもののようにも思えるが、実際は古き良きメロディの持つ哀愁を至る所に散りばめながら綿密に作り上げられており、聴く人を楽しませてくれる。
1950年代当時に流行っていたフォホーの原曲を聴くのは抵抗があるという若者や、サンバやボサノヴァしか知らないという他国の人達にも聴かれるきっかけを作り、気付けばブラジルの伝統音楽のもつ魅力に夢中になる人が出てくるだろう。

Andréはこのアルバムのリリース記念として、3回のオンラインコンサート(5月17、22、26日)を本人のInstagramとYoutubeにて無料配信。 28日以降はSpotfiyなどのプラットフォームで楽曲配信、それに伴いクラウドファンディングのキャンペーン(http://vaka.me/2054561)も開催しており、金額によってオンラインコンサートのビデオデータの送信やAndréによる音楽レッスンを受けることができる。
オンラインコンサートやレッスンの魅力は、世界中どこからでも参加できることだ。
まだまだ長引きそうなこの状況の中、積極的に活動しているブラジルの音楽家たちにこれからも注目していきたい。

最後に、André本人からのメッセージを貰うことができたので掲載したい。

日本の聴衆の皆さんは非常に特別な存在で、そこで演奏できる事はいつも素晴らしい経験です。
日本とブラジルは遠いため、何度も行けないのが残念です。
これまでに何度かHermeto Pascoalのツアーで日本へ行き、2019年には念願のピアノソロコンサートを開催することができました。
そこで今回リリースするフォホーのアルバムの曲を初めて観客の前で披露しました。
この思い出を心に、いつか日本で私の曲を演奏するツアーをするのが夢です。
いつか必ず実現するでしょう。

日本の皆さんに大きく、愛の籠った抱擁を送ります。
2021/05/23
André Marques


5月26日21時(日本時間5月27日9時)生放送のソロライヴ
 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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