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悠久のメソポタミア、イラクでの日々から

牧野アンドレ|イラク

イスラム教の国でのお酒の在り方:イラクとアルコール

アルビル市内にあるイングリッシュパブ ©筆者撮影

6月も終わりも近づき、イラクの夏もそろそろ本気を出してきています。

日中は日陰で45℃。砂嵐も吹き荒れる日は気温も涼しくなりますが、砂か暑さの選択の夏に市民生活も影響を受け続けています。

昨年、深刻な水不足に見舞われたイラクですが、残念ながら今年も徐々にその片鱗が見えてきています。公共サービスが行き届いていない主に南部の地域では人々の抗議デモも起き始め、社会不安が日に日に増していることを感じています。

今回はイラクとアルコールの関係についてご紹介します。アルコールを教義で禁止するイスラム教徒が人口の95%を占めるイラクですが、少数宗教の人たちの中ではお酒が文化の大切な一角を担っており、またムスリムの人たちの中でもお酒を嗜む人たちも存在します。その複雑で興味深い繋がりをぜひ知ってもらえれば嬉しいです。

   

イラクとお酒の歴史

イスラム教以前の中東世界において、ワインやビールといったアルコールは市民生活の一部であったと考えられています。

特にビールは「人類史上で最も古い飲料の一つ」とも言われ、約6,000年前にメソポタミア文明時代に書かれた粘土板ではすでに小麦を発酵させた飲料(=ビール)に関する記述も見つかっています。またギリシア文明の影響を受けワインも嗜まれ、薬の一つとしても扱われていました。

しかし7世紀におけるイスラム教の勃興とともにアルコールが固く禁じられるようになり、ムスリムのコミュニティからはお酒の文化は廃れ、他のキリスト教徒やユダヤ教徒たちによりその多くは引き継がれるようになりました。

近代に入り、イラクではサダム・フセイン率いるバース党の時代においてお酒の文化がまた花開くようになりました。世俗主義を押し出していたフセイン政権下において酒屋は自由に営業ができ、首都のバグダードでは人々がチグリス川沿いで魚のグリルをしながらお酒を楽しむ風景が当時多く見られたそうです。

南部のバスラでは飲酒が禁じられている隣国のクウェートから飲酒を目的に人々が越境し、近所迷惑を起こしていました。

しかし1990年代に入りイラクが湾岸戦争に敗れると、フセイン政権は一転し宗教色を強く出した政策を実施。外での飲酒は禁止され、少数宗教の人々のみが自宅などでひっそりと飲酒が可能でした。

2003年のイラク戦争とフセイン政権の崩壊後、新たな憲法が制定されると飲酒はまた合法とされました。しかし2004年以降のイスラム過激派の伸長と宗派間の内戦を受け、過激派による私刑を恐れた人々は自主的に飲酒をやめ酒屋を閉めるようになりました。

僕の地元の友人の一人、彼は現在30代前半でちょうどこの混乱期に青年時代を送っていました。当時彼は商店でひっそりビニール袋に直で入ったアラク(ナツメを蒸留しニガヨモギで風味付けをした中東のお酒)を購入し、友だちと人目のつかない山の上まで2時間ほどかけて登り山頂で焚き火をしながら酔っぱらっていたと話してくれました。

それほど当時、お酒はセンシティブなものだったのです。

今日、飲酒や酒類の販売はイラクの法律では禁止されていません。内戦が落ち着いた2008年頃から酒屋さんも徐々に再開され、今ではいつ過激派に狙われるかの心配はありつつも普通に営業は可能です。しかし飲酒は屋内やレストランの中でのみ認められており、屋外での飲酒が見つかれば警察に通報されます。

   

市民のアルコールに対する態度

ここイラクのクルド自治区はイスラム教以外の少数宗教の人たちも多く暮らしていることもあり、他イラク地域と比べるとアルコールに対する姿勢も融和的です。酒屋さんの数も多く、お酒を提供するレストランもいくつも存在します。

ただしムスリムが神聖視する断食月(ラマダン)期間は酒屋さんも店を閉じており、多数派宗教への配慮が見て取れます。それでもここ数年はキリスト教徒地区だけは例外とされ、ラマダン期間中でも断食が明けた夜間のみアルコールの販売が認められるようになりました。

お酒を出すレストランも、ムスリムへの配慮からか中の様子が見えないような暗くなっていたり、高い壁に囲われていたりします。場所によっては一見、小さな要塞のようにも見えます。過激派の攻撃を恐れてか、だいたいレストランの前では小銃を持った守衛さんがおり、持ち物検査も徹底されています。

ここ数年、観光業の発展も相まってお酒を提供するレストランも増えてきている印象ですが、やはりアルコールがセンシティブなトピックであることは間違いないでしょう。

酒屋さんなどで売っているお酒の中身ですが、欧州のビールやワインを中心に日本でも売っている有名な国際ブランドのウィスキーやウォッカといった強めの蒸留酒も手に入ります。また中東でよく飲まれるアラクも種類が豊富で、地元イラク産に加えてヨルダン、レバノン、トルコ(名前が変わってラキ)、ギリシャ(名前が変わってウーゾ)といった近隣諸国からの輸入品も多く出そろっています。

ワインや強めのお酒は日本とあまり値段も変わらないか少し安いかくらいですが、ビールに関してのみ日本の半額ほどの値段で買うことができます。イラクは酒税も高いため、どういうメカニズムでそうなるのかは分かりません。ちなみにアラクは驚くほど安く、地元イラク産のアラクは700ml一本を300円強で買うことができます。

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イラク産のアラク ©筆者撮影

私は週に一本ワインを飲むくらいですが、レバノンやアルメニア、ブルガリア、または地元クルド自治区で作られたワインといった日本では滅多にお目にできない珍しいワインも多く手に入り、毎週酒屋巡りがちょっとした楽しみになっています。

次に私の周りのムスリムの人たちがアルコールについてどう思っているのかをご紹介します。こちらビックリしたのですが、一口に「ムスリム」といっても人によって考え方や対応が全く異なります。

まとめるとすれば以下の4パターンになります:

1. 本人も積極的に何でも飲む

2. 周りで人が飲むのも気にしないし、本人もたまに嗜む(ただビールなどの度数の低いお酒のみ)

3. 周りで人が飲んでいることも気にしないが、本人は絶対に飲まない

4. 本人も全く飲まないし、周りに飲んでいる人がいることも受け付けない

日々彼らと接する中で、他の社会問題(例えば女性の権利)に関してすごくオープンな人であってもお酒に関しては最後のパターンの人もいるので、一概にリベラルなムスリム=お酒も飲む、という等式が成立しないのも外から来た人間としてはとても興味深いです。

ただこういう4番目のパターンの人たちの場合はお酒がでるレストランに呼ぶことはできないので、いつも少し気を遣います。

   

アルコールという社会問題

アルコールで付き物なのが依存症。これは全世界で共通する問題でしょう。無論、イラクも例外ではありません。

ただし人口の大多数がアルコールを禁止しているイスラム教を信仰している以上、「問題」として報道されること自体がタブーになっているのがイラクでのアルコール問題をさらに複雑なものしている気がしています。

イラクでは特に若者の飲酒率が高いと言われており、失業や社会不安に煽られてアルコール依存症になるケースも多いと聞きます。

酒屋さんでお酒を見ていると、日雇い労働を行っているような若者が小さなウィスキーの瓶を買い、それをその場でペットボトルに入った水と混ぜて仕事に戻っていく風景などもしばし目にします。アルコール中毒も隠れた深刻な社会問題でしょう。

さらに最近大きな問題として聞いたのが、ヤジディ教徒の人たちの間でアルコール依存症問題です。飲酒の文化のあるヤジディ教徒の人々が暮らす国内避難民キャンプでは将来に希望の持てない人たちがアルコールに頼るようになり、依存症問題も深刻になっていると聞きます。また依存症が自殺者数の増加に影響を与えているとの話も聞きます。

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国内避難民キャンプに捨てられているビール缶 ©筆者撮影

今回はここイラクとアルコールの関係についてご紹介しました。ここ数年で特にここクルド自治区ではアルコールを巡り当局も融和的になってきています。しかしイスラム法による統治を目指す政党が少しずつ伸長しており、今後アルコールを巡る扱いも変わるかもしれません。

これらの諸問題も含めて、アルコールを巡る社会を巻き込んだ対話が行われるといいなと思います。

 

Profile

著者プロフィール
牧野アンドレ

イラク・アルビル在住のNGO職員。静岡県浜松市出身。日独ハーフ。2015年にドイツで「難民危機」を目撃し、人道支援を志す。これまでにギリシャ、ヨルダン、日本などで人道支援・難民支援の現場を経験。サセックス大学移民学修士。

個人ブログ:Co-魂ブログ

Twitter:@andre_makino

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