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ラッシャー貴子|イギリス

夏のオペラは緑の公園で、オペラ・ホランドパーク

 わたしが見てきたこの20年の間に、オペラ・ホランドパークは驚くほど洗練された。初めて行ったころにはテントの脇の部分がかなり広く開いていて、ステージのすぐ横のユースホステルの窓からは、こちらに向かって若者の顔がいくつものぞいているのが見えていた。部屋からステージが見えることがわかって、ちゃっかり便乗していたのだろう。そんなに「甘く」設定していることにも、まあ見えちゃってもいいか、という大らかさにも驚いた。大都会ロンドンというより、まるでのんびりした田舎のようだ。残念ながら、今ではテントの脇はぐっと狭くなり、ユースホステルは見えなくなってしまったけれど。

 劇場の設備もみるみる立派になっていった。ピクニック会場ではグラスや陶器の皿が使われるようになって、工事現場みたいな簡易トイレを使っていたお手洗いは、今では大きなプレハブの中に個室が入り、内装は落ち着いた木目調、陶器の洗面台の脇には生花まで飾られている(秋に壊しちゃうのはもったいない!)。その分、お値段もしっかり上がったけれど、大きなスポンサーもつくようになったし、人気も上がってチケットは毎年飛ぶように売れている。それでも、どこかのどかな雰囲気が残っていてほっとする。それに環境問題に力を入れているのも嬉しい。セットはできるだけ倉庫にあるものを再利用しているそうだ。

オペラ - 4.jpeg

今年の会場の様子。あちこちから集めて再利用された客席の椅子はひとつひとつ違い、席番号も手書きという手作り感がなんともかわいらしい。コロナ前までの客席には常設のものと変わらないほど立派なベルベット張りのシートが置かれていたけれど、コロナ禍で一時的に客席数を減らしたことと環境への配慮からこの形になったようだ。ちなみにこの日の『カルメン』のセットは約700席で、今年の演目ではいちばん多いのだとプログラム売りの方がにこやかに教えてくれた。筆者撮影

 上演される演目は毎年5つほど、有名な作品だけでなく新しいものや珍しいものにも積極的に取り組んでいて、たとえば今年は、『エヴゲーニイ・オネーギン』、『カルメン』などの古典の定番のほかに、『若草物語』が英国で初めて上演された。『不思議の国のアリス』(2017年)のような子ども向けの演目では、奇抜なコスチュームに身を包んだ出演者が客席で歌うなど、オペラに興味を持ってもらう工夫が凝らされていた。もともと若い世代を支援・育成してきたオペラ・ホランドパークでは、最近はこの劇場を使ってブリティッシュ・ユース・オペラも上演している。出演から衣装、振り付けなどの制作まで、すべて駆け出しの若手が務めるオペラだ。ほかにもバレエ、小学生を招く昼間のコンサート、著名人のトークショーなど、オペラ以外のプログラムの幅も広がっている。

 ご参考までに、2022年のチケットは56ポンドから128ポンド(約9,000円から20,000円)で、オペラとしては低めの設定だ。それに加えて、高齢者、身体障害者、若者、コロナ禍で激務を強いられているNHS(国民保険サービス)やケア業界のスタッフに向けて、さまざまな割引や無料の枠が設けられている。

オペラ・ホランドパークのインスタグラム投稿より、期間中、劇場入り口で開かれる無料コンサートの様子。敷物や椅子を準備して集まった人も、たまたま通りかかった人も、気軽に音楽を楽しむことができる。来年は行ってみたい。

 ここ数年、オペラ・ホランドパークには同じ友人と行っている。彼らはオペラにもクラシック音楽にも興味がなくて、年に一度、このときしかオペラを観ない。それでも、ワインを飲んでおしゃべりをして、初めて観る映画のように新鮮に古典のストーリーを楽しんでいる。緑の中で風に吹かれてオペラを観るのも、なかなかよいものですよ。

オペラ - 1.jpeg

緑が鮮やかな昼間もいいけれど、夜の劇場のライトアップも美しい。筆者撮影
 

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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