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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

追悼:コロナ禍に希望の光をともしたキャプテントム

歩行チャレンジ中、キャプテントムは連日マスコミにひっぱりだこで、露出が増えるにつれて寄付額もうなぎのぼりに上がって行った。その頃、英国は初めてのロックダウンが始まったばかりで、先の見えない不安に苦しんでいた。自分が外出できないだけでなく、耳に入るニュースも医療器具の不足、スタッフの過労、死亡者の増加、と暗いものばかり。そんなとき、キャプテントムがあらわれて「足りないならみんなで寄付すればいいんだよ」と思い出させてくれた。寄付すれば少しは役に立てると気がついて小さな希望が見えた気がした。「希望」という言葉はキャプテントムもよく使い、数多くの追悼文にも使われたキーワードだ。

明るいニュースがほとんどなかったこの頃、キャプテントムが集める寄付の数字が毎日ぐんぐん上がって行くのを見るのは素直に嬉しくて心が弾んだ。ひとりじゃないよ、明日はいいひだよ、というキャプテントムの言葉に励まされた。たくさんの人が同じように感じたのだろう。この募金には150 万人以上が参加して、最終的に300万ポンド(約47億円)近くが集まった。

テレビに出るときは勲章をつけたジャケットに身を包み、とても礼儀正しく話して、古きよき英国を思い起こさせる人だった。北国ヨークシャーの出身ということも関係していたかもしれない。羊が多くて緑の丘が広がるヨークシャー地方には英国人の郷愁を誘うものがあるようなのだ。たまにヨークシャーの夫の実家を訪ねて、無骨だけれど頼りになる人たちに久しぶりに会うたびに、わたしもそんな気がしてきている。

100歳にして巨額の寄付を集めるという偉業を遂げたキャプテントムには、名誉大佐の肩書きやナイトの爵位が与えられた。自伝や絵本を出版したり、ミュージカル界の大御所マイケル・ボール(+NHSの合唱団)とデュエットした『You'll Never Walk Alone(著者訳:ともに歩もう)』が全英シングルチャート1位に輝いたりと大活躍。キャプテントムの挑戦に勇気づけられて、ハンディキャップを乗り越えて歩く人たちが次々に登場し、わたしたちはさらに励まされた。暗やみの中に希望の光をともしたキャプテントムは、そのあともたくさんの人を希望に向かって導いてくれた。

歩き始めたひとり、両足を切断され、歩くことに興味がなかった(当時)5歳のトニーくん。キャプテントムが歩くのを見て「自分もできる」と思い、昨年6月に自分もみごと10キロを歩ききって150万ポンドの寄付金を集めた。キャプテントムが亡くなった後のテレビ出演で、キャプテントムに出会わなかったら今も歩いていないだろうとお母さんが話している。トニーくんが大切に抱いているキャプテントムのお人形がキュート。動画では1分過ぎからトニーくんの歩く姿が。@BBC Breakfast on Twitter

その年の功労者に贈られる賞を総なめにし、新年を祝う恒例の花火でも歩行器で歩く姿が写し出されたキャプテントムは、2020年の英国を代表する人だった。「希望を届ける」ことを目的としたThe Captain Tom Foundation(キャプテントム基金)という慈善団体も立ち上げていて、この高齢にして今年もますますの活躍が期待されていた。

コロナに立ち向かって愛されたヒーローは、皮肉にもコロナウィルスでこの世を去った。わたしたちの前にいてくれたのは10か月にも満たなかった。どの新聞もトップニュースとして扱い、首相や王室から追悼の声明が出され、半旗をかかげた議会では1分間の黙祷が行われた。実現しなかったが国葬という話も出たほどで、まさに国民的な英雄だった。亡くなる前には、昨年ずっと献身的に寄り添っていたお嬢さんやご家族とゆっくり話ができたそうで、本当に何よりだったと思う。すばらしい人生だったし、100歳は立派な大往生だけれど、さびしくて心細く感じてしまう。キャプテントムの穏やかな笑顔はコロナ禍にいるわたしの心の支えだったし、同じように感じた人は多かったと思う。

キャプテントムに心からの感謝を。どうぞ安らかにお休みください。

昨年末、キャプテントムの公式ツイッターで発表された2020年のベストショット。@captaintommoore on Twitter
 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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