最新記事
フランス

パリの地下鉄にあって日本にないもの──「自由」が生む豊かさの正体

2025年10月25日(土)09時00分
林巧(作家)*PRESIDENT Onlineからの転載

「責任ある自由」が秩序をつくる

そんな車内だから、スマホでの通話など、音量的に微々たるものでほとんど気にならない。もちろん、話す人は隣席で本を読んでいる人の邪魔をしないように、上手に小声で話している。

日本ではシートの色を変えてはっきりと存在しているシルバーシートも、ほとんどのメトロ車両にはない。新しい車両の窓にときおりそれらしいシールが貼ってあるが、誰も気にしていない。


すでに書いたように、座る席を必要とする乗客をみつければすぐ、あくまで自発的に笑顔で席を譲る、というのがパリのメトロのルールだから、そんな席をわざわざ色を変えてつくる必要がない。隣の空いている席にカバンを無造作に置く人も多いが、混んでくると膝の上に移すし、気づかなくとも「パードン」と小さく声をかければ、爽やかにすぐどける。

パリのメトロには自由があり、禁止と強制がない、という感覚が伝わっただろうか。

自由と、そして禁止と強制はひとつの対立概念ともいえる。自由なところに禁止と強制はなく、禁止と強制があるところには自由はない。パリ市内を走るメトロ、バス、トラムの車内風景で象徴的にあらわれる、彼らの自由と、そして禁止と強制の抑制は、そうした公共交通の車外にも広がっている。

男女別の更衣室も、ブラック校則もない

この夏、パリで何カ所もの市民プールに出かけてよく泳ぎ、ソラリウムと呼ばれる屋外エリアでからだを焼いた。

フランスのプールの更衣室は日本と違って男女にわかれていない。大きな更衣室フロアがあって、そこに並ぶ個室のひとつで男も女も着替えをする。男女別更衣室の「男の入室禁止(あるいは女の入室禁止)」がない。

プールに入っても日本のように監視員が高いところで見張って強い笛を鳴らしたりはしない。プールサイドからそれとなく見ていて、危ないな(飛び込みなど)と思うと、そこに行ってコミュニケーションをもつ。禁止でも強制でもない、話し合いで事故を防ぎ、禁止の笛が鳴りわたることはほぼない。

パリ15区にあるケラープール

パリ15区にあるケラープール。室内50mのオリンピックプールがある。(筆者撮影)

学校のなかはどうだろうか。フランスの公立校は中学、高校とも制服はなく、服装、髪型、髪色(フランス人の髪色はもともとブラウン、ブロンド、黒、赤と多様である)についても自由なところがほとんどで「スカートの丈の長さ」などという問題は発生しない。

日本の学校は中学、高校ではほとんど制服があり、学校生活のなかでの禁止と強制のオンパレードを事細かに校則が定めている場合が多い。一方、フランスの学校が校則として明示しているのは大前提としての自由の尊重(および他人の権利の尊重)と、自由にともなう責任がある、ということが多い。

こうしたフランスの校則の精神は、そのままパリのメトロの車内にも息づいている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ

ワールド

ロシア、ウクライナ南部の2港湾攻撃 トルコ船舶3隻

ワールド

タイとカンボジアが攻撃停止で合意、トランプ氏が両国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中