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ハリス大統領の「もしも」は実在した?――回顧録『107日』が示す討論会敗北からでも「勝てた世界線」

SHE ONLY HAD 107 DAYS

2025年10月16日(木)17時20分
ブルース・ウォルピー(豪シドニー大学アメリカ研究センター上級フェロー)
ロサンゼルスで新刊『107日』の宣伝イベントに登壇したカマラ・ハリス(右端、9月29日)

昨年の大統領選を細かにつづった回顧録『107日』を出版したハリス(右端)。ロサンゼルスで行った新刊の宣伝イベントで(9月29日) JASON ARMONDーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

<討論会敗北後の戦略転換から副大統領選びまで、陣営の内情を明かしたカマラ・ハリス。トランプとの勝敗を分けたのは「どの判断」だったのか――>

いま、カマラ・ハリス前米副大統領による昨年の大統領選に関する回顧録を読むと、何とも不思議な気持ちになる。

ドナルド・トランプ米大統領の下で衝撃的な事態が次々と起きているから、内容が遠い昔のことに思えるのだろう。だが「7月21日──選挙まで107日」で始まる章のタイトルから分かるように、大統領選はつい昨年のことだ。


「この本を執筆し始めるまで、夫と私はあの夜のことを一度も話さなかった。あの夜の出来事に私たちがどれほど打ちのめされたかが、そのことからも分かる」と、ハリスは大統領選の夜について書いている。

9月23日に出版されたハリスの回顧録『107日(107 DAYS)』(未邦訳)は全てを語っているわけではない。だが、書かれている言葉には確かな真実味がある。

第1章では、トランプとの討論会で醜態をさらしたジョー・バイデンが勝利への道を閉ざされ、選挙戦から撤退した日を描いている。

バイデンはハリスへの支持を公にする意思はあったが、発表まで「1日か2日」待ってほしいと言った。ハリスは支持表明を遅らせれば「致命傷になる」とバイデンに主張。

自分は「最も勝機のある候補者」であるばかりか、バイデンの遺産を守ることができる「唯一の人間」だと語った。

「この時点では他の誰が出馬しても、バイデンの業績が踏みにじられるのは目に見えていた」と、ハリスは書く。

ハリスは、民主党の有力者にこの日の決定を知らせた際の反応をつづっている。ビル・クリントン元大統領は「ああ、本当に安心した」と語った。

カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事の留守番電話の応答メッセージは「ハイキングに出ています。後でかけ直します」というものだった(電話はなかった)。

全編を通じてハリスは選挙戦の記憶を細かにたどり、率直に人々を描く。夫ダグ・エムホフへの愛情も包み隠すことはない。

高揚感に満ちた歴史的な選挙戦を経た後、個人的な痛みを伴う敗北をこんなにも早くつづるには、相応の勇気が要る。

これだけ早い時期に回顧録が出版されることはめったにない(バラク・オバマ元大統領の回顧録は全2巻とされているが、第1巻の出版から5年を経ても、第2巻は出版されていない)。

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トランプとの一度限りの直接対決(昨年9月) BRIAN SNYDERーREUTERS

ハリスはバイデンの衰えを率直に書いているが、根本的には忠誠心を失っていない。

「彼(バイデン)は調子が最悪の日でも、最高の日のドナルド・トランプより聡明で、判断力に優れ、はるかに思いやりがあった」と、ハリスは書く。「選挙戦を戦う能力と、統治する能力は全く別だった」

ハリスは、こう書いている。

「ホワイトハウスにいた全員の中で、彼(バイデン)に出馬を見合わせるべきだと伝える上で、最も適切ではない位置にいるのが私だった。私が彼にそう言えば、とんでもなく利己的な人間という印象を与えるだろう。露骨な野心と受け取られたに違いない」

この選択についてハリスは「個人のエゴや野心に委ねられるべきではなく、個人的な決断を超えたものでなければならなかった」と書く。

つまり家族や側近も、ハリスの出馬には尻込みしていた。だがこのときは、バイデン個人の利益より国益を優先させることが急務だった。

ハリスの選挙運動は、バイデン陣営の中心メンバーが引き継いだ。「新しい飛行機を造る時間はない。今ある機体で飛ぶしか選択肢はなかった」と、ハリスは言う。

そうしたなか、バイデンの最側近の1人であるマイク・ドニロンがハリス陣営に参加後、2週間で離脱した。ハリスはドニロンについて、バイデンの選挙戦中に世論調査の結果を都合よく加工し、「何も問題はない」と見せかけていたと書く。

ハリスには「でたらめに思える」報告会で、「(夫の)ダグは私の隣に座ろうとしなくなった。質問がはぐらかされるたび、私にテーブルの下で足を蹴られるのが嫌になったのだ」。

「軍歴攻撃」への大きな懸念

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副大統領候補に名前が挙がったブティジェッジ(左から2人目、昨年7月) CHRIS KLEPONISーCNPーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

ハリスは副大統領候補を選ぶ過程についても率直に書いている。

運輸長官だったピート・ブティジェッジ(個人的に親交もあった)は第1候補で、「理想的なパートナー」と思えた。しかしブティジェッジは同性婚をしており、養子も引き取っていた。「黒人の女性で、夫はユダヤ人」である自分にとって「リスクが大きすぎた」と書いている。

ペンシルベニア州知事のジョシュ・シャピロは「共同大統領制」を望んでいるように感じられた。「あるとき彼は、全ての意思決定に関わりたいという考えを示した。彼はナンバー2という役割を受け入れられないのではないかという不安を拭えなかった」

アリゾナ州選出の上院議員で元宇宙飛行士のマーク・ケリーに、ハリスは好印象を持っていた。だが懸念したのは、トランプ陣営が彼の立派な軍歴をゆがめてネガティブキャンペーンを繰り広げるのではないかという点だった。

頭をよぎったのは、2004年の大統領選で共和党が民主党大統領候補ジョン・ケリーのベトナムでの軍歴について「実際の軍功を誇張している」と攻撃した記憶だ。当時その戦略を主導したクリス・ラサビータは、昨年の選挙ではトランプ陣営の幹部になっていた。

懸念していた「軍歴攻撃」は、ハリスが最終的に選んだ副大統領候補に向けられた。ミネソタ州知事ティム・ウォルズは州兵として24年間勤務したが、トランプの副大統領候補J・D・バンスから「詐称」だと批判された。

ウォルズは銃規制を訴え「私が戦場で携えていたような武器」は町では不要だと主張したが、彼には戦闘任務の経験がなかった。

ハリスはウォルズに自分が求めていた「相性」を見いだした。誰もが「誠実な隣人」と思えるようなタイプで、健全な価値観と常識を備えていた。「副大統領の役割について固定観念を持っておらず、私が最も有益だと判断することは何でもやると言ってくれた」

陣営幹部は「一人残らず」ウォルズを支持した。ただし興味深いことに、夫のダグはシャピロを推したという。シャピロかケリーを副大統領候補に選んでいたら、彼らの地元である激戦州で勝つことができ、選挙の結果は変わっていたのか。それは永遠に分からない。

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先月(2025年9月23日)出版されたハリスの回顧録『107日』(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

<記事後半:「人前に出る準備に2時間かかる...」カマラ・ハリスが自ら語る大統領選「敗北の要因」とは?

The Conversation

Bruce Wolpe, Non-resident Senior Fellow, United States Study Centre, University of Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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