カタール攻撃の目的は「アメリカ外交の乗っ取り」? イスラエルが戦争の常態化を望む理由とは
Peace Broker Under Fire

ハマス幹部を標的に、イスラエル軍が空爆したドーハ市内の建物 IBRAHEEM ABU MUSTAFAーREUTERS
<カタールは中東問題の仲介役のような立ち位置であり、アメリカはその役割を後押ししていた>
単なる「武装組織への攻撃」にとどまらない出来事だった。イスラエル軍は9月9日、パレスチナ自治区ガザでの停戦を協議するためカタールの首都ドーハに集まっていたイスラム組織ハマスの代表団を標的に空爆を実施。ハマスメンバー5人が殺害された。
イスラエルの大胆な行動は重大な意味を持つ。カタールは、中東での紛争の仲裁役として評判が高い。中東におけるアメリカの重要なパートナーでもあり、米軍兵士約1万人が駐留している。
カタールは長年、アメリカの同盟国の役割と、ハマスやアフガニスタンのイスラム主義勢力タリバンなどとの連絡の窓口という役目の間でうまくバランスを取ってきた。カタールが提供する交渉ルートは、アメリカが自ら動けない場合に不可欠のものだ。
カタール領内を直接的に攻撃したことで、イスラエルは未知の領域に踏み出した。明らかに修正主義的な行為で、現行規範や同盟関係、中東の安全保障制度に対する挑戦だ。
国際関係分野では、統治・制度・権力配分の既存秩序を変更しようとする国家的な試みを「修正主義」と呼ぶ。修正主義国家は国際体制が課す制約を侵害し、自国に都合のいい形に変えることを目指す。
協議の道を塞ぐために
カタール領内へのイスラエルの攻撃は、そのパターンどおりだ。アメリカの同盟国の領内を攻撃することによって、イスラエルは主権原則や同盟管理、中東の地域外交を支える微妙なバランスより、自国の安全保障上の必要措置が優先されると主張している。
カタールはイスラエルとハマス、アメリカとタリバンなどの協議の場になってきた。多くの場合、アメリカはカタールの役割を積極的に後押ししている。いざというときに頼れる親密な同盟国の存在は、アメリカの利益になるからだ。
今回の攻撃には、カタールがテロリストの庇護者だと訴え、仲介役としての信頼性を損なう目的があったはずだ。さらに重要なことに、イスラエルはこの地域における外交の弱体化を狙っているようにみえる。交渉窓口を排除すれば、イスラエル・パレスチナ間には軍事行動という選択肢しか残らない。
米当局者は厄介な立場に置かれている。イスラエルの行きすぎに目をつぶり、カタールに打撃を与えるリスクを冒すか。それとも、イスラエルと対決し、既に緊張している両国関係を破壊するか。いずれにしても、イスラエルを利する結果になり、中東でのアメリカの影響力はぐらつく。
マルコ・ルビオ米国務長官は9月15日、イスラエルを訪問し、同国のベンヤミン・ネタニヤフ首相と会談。その後の記者会見では、イスラエルを支持する姿勢を強調した。
歴代の米政権は、中東の友好国に仲介役を任せる動きを加速してきた。これは、アメリカの限界に対する認識の反映だ。イスラエルとの根強い同盟関係のせいで、アメリカの中立性には説得力がない。一方、カタールといった国なら、アメリカが敵に位置付ける国家や組織と話ができる。
だが、イスラエルはこうした動きを妨害し続けている。2015年のイラン核合意に強硬に反対するイスラエルの情報リークやロビー活動のせいもあって、アメリカは18年に核合意から離脱した。
今年6月には、アメリカとイランの核協議再開に向けた代表間交渉のわずか数日前に、イスラエルがイランとの「12日間戦争」を開始し、外交ムードが崩壊した。より最近では、ドーハでのガザ停戦協議が何度も頓挫している。イスラエルが軍事行動をエスカレートさせ、新たな要求を持ち出して、協議が危機管理に終始するようにしているためだ。
カタール領内への攻撃で、イスラエルによる干渉は新たなレベルに入った。もはや特定の交渉を拒絶するだけでなく、アメリカ主導の外交インフラに攻撃を仕掛けている。
不安定性を常態化せよ
イスラエルは米外交政策を乗っ取ろうとしているようだ。アメリカの選択肢を狭め、中東の「許容可能な」和平プロセスの唯一の窓口という自らの立場を固めようとしている。
修正主義的なイスラエル政府は、恒久平和への道のりではなく、思惑どおりに紛争を管理するツールとして交渉を利用しがちだ。和平プロセスは時間稼ぎの手段でしかない。
今回の攻撃も同様だ。湾岸諸国のうち、対話に力を入れるカタールを弱体化させれば、外交の範囲は縮小する。イスラエルが批判をかわしつつ、軍事行動を通じて安全保障目標を追求するのに好都合だ。
イスラエルの姿勢には際立った特徴がある。その1つが「恒久戦争」への依存だ。ガザやレバノン、イランとの対立が周期的に激化するのは不安定な状態を常態化する戦略の一環にみえる。この戦略のおかげでイスラエルは国内で政治的支持を固め、大規模な軍事援助・投資を継続させ、パレスチナ自治区で支配を続けることができる。
カタール領内への攻撃はこうした論理の延長だ。もはや中立地帯は存在せず、仲介役も攻撃対象になる。結果的にもたらされるのは、紛争の解決ではなく「制度化」だ。
イスラエルの戦略が達成させる目標は複数ある。アメリカの同盟国への攻撃は、同盟国領土は不可侵との原則に揺さぶりをかける。同時に、交渉におけるカタールの役割を損なえば、中東でのアメリカの外交能力は弱体化し、交渉ルートがより少なくなる。代わってものをいうのは軍事行動だ。最後に、紛争の地理的拡大は、不安定性を中東のデフォルトにする上で役立つ。
イスラエルの戦略は短期的に利益をもたらすかもしれない。だが、代償は計り知れない。カタール領内への攻撃はイスラエルと湾岸諸国の暗黙の連携を破壊し、対米関係を悪化させるリスクをはらむ。
重要な同盟国への攻撃を阻止できない(または阻止しない)なら、アメリカによる安全保障にどんな意味があるのか。中東の同盟諸国は、カタールの事例はアメリカの保障が条件付きである証拠だと指摘し、アメリカの権力を支える同盟体制そのものへの信頼がむしばまれるだろう。
アメリカにとって、カタール領内への攻撃はより根深いジレンマを浮き彫りにした。中東外交をイスラエルに任せるほど、アメリカはより脆弱になる。慎重さが求められる交渉の最中に、繰り返し攻撃に踏み切るイスラエルは、アメリカの政策を効果的に乗っ取る能力を証明している。中東和平の可能性を組織的にむしばむことができる、と。
Spyros A. Sofos, Assistant Professor in Global Humanities, Simon Fraser University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

アマゾンに飛びます
2025年9月30日号(9月24日発売)は「ハーバードが学ぶ日本企業」特集。トヨタ、楽天、総合商社、虎屋……名門経営大学院が日本企業を重視する理由
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら