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トランプ関税【2つのシナリオ】から見えてくる相互関税と報復関税のリアルな影響、実は得する国も!?

US WILL SUFFER THE MOST

2025年4月8日(火)18時17分
ニーブン・ウィンチェスター(ニュージーランド・オークランド工科大学経済学教授)
トランプ関税の激震【2つのシナリオ】から見えてくる相互関税と報復関税のリアルな影響

ANNA MONEYMAKER/GETTY IMAGES

<トランプ米大統領は相互関税を発表した4月2日を「解放の日」と呼んだが、関税はアメリカ国民を解放できない>

ドナルド・トランプ米大統領は世界各国に対する相互関税を発表した4月2日を「解放の日」と呼び、「アメリカの産業が生まれ変わった日、アメリカの運命が取り戻された日、アメリカを再び裕福にするために動き出した日として、永遠に記憶されるだろう」と宣言した。


今回の「相互」関税は、相手国がアメリカに課している関税と、為替操作や貿易障壁などの非関税障壁によってアメリカの輸出業者が負担しているとされるコストの半分に相当する税率を課すものだ。


新たな関税率は、ほぼ全ての製品に適用される。既に25%の関税を課している鉄鋼製品とアルミニウム、別途25%の関税が発動される自動車などは対象外とされている。

全ての国に一律10%が課され、国ごとに異なる税率が加算される。オーストラリア、ニュージーランド、イギリスなどは最も低い10%のままだが、ベトナム(46%)、タイ(36%)、インドネシア(32%)、台湾(32%)、スイス(31%)など大半の国が上乗せされている。

中国は既に発動している20%の追加関税に今回の34%が加わって、54%になる。カナダとメキシコは既に25%の追加関税を課されており、当面は相互関税の対象外となるが、今後、課税される可能性を残している。

実際、アメリカから課されている関税より高い税率を、アメリカに課している国もある。ただし、今回の関税は本来の相互関税率の半分にすぎないとのアメリカの主張は、その計算方法に疑問の余地がある。例えば、非関税措置の推算は非常に難しく、多くの不確実性があると指摘されている。

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ホワイトハウスがX(旧ツイッター)で公表したリストの一部。左の数字は各国がアメリカに課しているとする関税率(為替操作と貿易障壁を含む)、右はアメリカが「割引きした」相互関税率 THE WHITE HOUSE

貿易戦争は経済を縮小させる

いくつかの国は、対抗措置に動き出した。アメリカの最大の輸出先であるカナダや、EUと中国も、既に報復関税を表明している。

そこで、貿易対立の影響を推測するために、商品およびサービスの生産、貿易、消費に関する世界規模のモデルを用いて2つのシナリオをシミュレーションした。

第1のシナリオは、アメリカが相互関税を含む新たな関税を発動し、他の国々が同程度の関税で応戦するというものだ。

この場合、相互関税と報復関税によりアメリカのGDPは4384億ドル(1.45%)減少する。1世帯当たりのGDPは年間3487ドル減。減少額では他のどの国よりも多い。

GDPの減少率で見ると、最も大きいのは輸出の75%以上がアメリカ向けであるメキシコ(2.24%)とカナダ(1.65%)で、1世帯当たりはメキシコが年間1192ドル、カナダが年間2467ドルの減少。ほかにもベトナム(0.99%)やスイス(0.32%)などは、GDPの減少が比較的大きくなる。

一方で、貿易戦争から利益を得る国もある。これらの国は基本的に、アメリカが課す関税が比較的低い(従って、アメリカに対する関税も比較的低い)。GDPが最も増えるのはニュージーランド(0.29%)とブラジル(0.28%)で、ニュージーランドは1世帯当たり年間397ドル増となる。

アメリカを除く世界のGDPは総額620億ドル減少し、世界全体で5000億ドル(0.43%)減少する。これらの数字は、貿易戦争が世界経済を縮小させるという周知の法則を裏付けている。

第2のシナリオは、アメリカの関税に対して他国が反応を示さない、つまり報復関税がないというものだ。

この場合、アメリカからの関税が比較的高く、輸出先の大部分がアメリカである国はGDPの減少率が大きくなる。カナダ、メキシコ、ベトナム、タイ、台湾、スイス、韓国、中国などだ。

それに対し、アメリカが課す新たな関税が比較的低い国々は利益を得ることになる。イギリスはGDPの増加率が最も大きい(0.34%)。

関税によってアメリカ自身の生産コストと消費者物価が上昇するため、アメリカのGDPは1490億ドル(0.49%)減少する。

アメリカを除く世界全体でGDPは1550億ドル減となり、報復関税があった場合の2倍以上の落ち込みだ。これは、報復関税が世界経済全体の損失を減らせることを示唆している。同時に、報復関税はアメリカにとってのほうが、より悪い結果をもたらすだろう。

「解放の日」関税は国際貿易の歯車をきしませる。報復関税はそれをさらに狂わせ、トランプの思惑を破綻させかねない。最終的に、最大の損害を被るのはアメリカかもしれない。

The Conversation

Niven Winchester, Professor of Economics, Auckland University of Technology

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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