最新記事
ウクライナ

米大統領執務室での「公開口論」で、ゼレンスキーは鉱物資源より大きなものを失った

Raised voices and angry scenes at the White House as Trump clashes with Zelensky over the ‘minerals deal’

2025年3月3日(月)20時20分
シュテファン・ウォルフ(英バーミンガム大学国際安全保障教授)、テトヤナ・マルヤレンコ(国立大学オデーサ法アカデミー国際関係学教授)
ゼレンスキーと欧州首脳

みんな負け組?── トランプとの会談決裂後、ゼレンスキー支持で集まった欧州諸国とカナダの首脳(3月2日、ロンドン) NTB/Javad Parsa/via REUTERS

<安全保障の約束もない鉱物合意は欠陥だらけでも、アメリカがウクライナ国内に権益を持てばロシアの侵略を抑止できたかもしれない。だが今は、トランプがプーチンとの和平交渉でウクライナとヨーロッパを見捨てる可能性が現実味を帯びてきた>

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領のホワイトハウス訪問は、まったく予定外の展開になって世界を驚かせた。

2月28日、ゼレンスキーとドナルド・トランプ米大統領は、記者団の前で前代未聞の激しい非難の応酬を繰り広げた。トランプは大声でゼレンスキーを「第3次世界大戦のリスクを冒している」と非難した。


 

「取引に応じない限り、われわれは降りる」とトランプは言った。J・D・バンス米副大統領も、ゼレンスキーを「メディアの前で口論するなど無礼だ」と批判。「これまでに一度でも『ありがとう』と言ったことがあったか?」とまで言い放った。

その場にいた報道陣は、トランプとゼレンスキーが激昂していく中でその場の緊張が高まる様子を伝えている。

絶望のあまり顔を覆う駐米ウクライナ大使


ニューヨーク・タイムズは「大統領執務室で公開で行われ、これまでで最も劇的な瞬間の1つだった。トランプ就任後、アメリカとウクライナの関係が土台から壊れたことをはっきり示した」と評した。

激しい応酬の原因となったのは、鉱物資源の権益をめぐる、トランプ政権とウクライナ政府の考えの相違だ(そもそもゼレンスキーの訪米の目的は鉱物資源をめぐる合意文書に署名することだった)。

この合意は、いくつかの重要な問題の解決を先送りした覚書のような体裁だった。アメリカとウクライナが「復興投資基金」を創設し、共同で運営する、というだけで細かいことは書いていない。

アメリカへの「借り」だけ明示

この基金には、「ウクライナ政府が(直接もしくは間接的に)保有するすべての天然資源」と「それ以外の天然資源に関係する(液化天然ガスターミナルや港湾などの)インフラ」からの収益の50%が拠出されることになっていた。

ウクライナの新興財閥が大半を所有する民間インフラも、合意に含まれる可能性が高く、ウクライナ国内の一部の有力者とゼレンスキーとの間の軋轢がさらに深まる可能性がある。

一方で、アメリカ側の出資についての明確な言及はない。

だが合意文書の序文には「2022年2月にロシアがウクライナへの本格的侵攻を開始して以降、アメリカはウクライナに多大な財政的、物質的な支援を行ってきた」とあり、ウクライナはアメリカにすでに「借り」があることだけは明示されている。

トランプに言わせれば、ウクライナの借りは3500億ドルに上るという。ただし独キール世界経済研究所の対ウクライナ支援に関する分析ではその半分程度だ。

一方、欧米及びウクライナの専門家たちは、ウクライナで採掘可能な鉱物やレアアースの埋蔵量は、現在の推計値よりも少ないかもしれないとの指摘する。こうした推計値は主として旧ソ連時代のデータに基づいているのだ。

合意文書の草稿には、基金の所有やガバナンス、運営に関しては、今後結ばれる予定の基金合意で定めるとされていた。つまりその先も、交渉を重ねる必要があると見られていたわけだ。

一応あったウクライナ保護の意思表示

ウクライナの立場からすれば、これは欠点というより利点と見られたことだろう。今後の交渉でより満足のいく条件を叶えるチャンスがある。たとえ合意の改善がわずかでも、ウクライナにとって有益な契約にアメリカを縛り付けることができる。

安全保障の例を見てみよう。合意文書の草案は、トランプ政権が先に「非現実的」と否定したウクライナのNATO加盟に代わる保障を提供していない。

だがアメリカは「恒久的な平和を確立するために必要な安全保障を得るためのウクライナの努力を支持する」とし、「合意の当事国は、相互の投資を保護するために必要なあらゆる措置を確認するよう努める」と付け加えている。

この部分はきわめて重要だ。安全保障には及ばないが、それでも最低限、独立国家としてのウクライナの存続にアメリカが関与するという意思を表している。

それは、アメリカは何をするのか、しないのかを、ロシア、ヨーロッパ、ウクライナに示す重要なシグナルでもある。

トランプは、アメリカがウクライナに「あまり多くの」安全保障を与えることを想定していない。彼は、安全の保証はヨーロッパの軍隊が提供すべきと考えているようだ(ロシア政府は英仏などの軍が平和維持目的でウクライナに駐留することに反対している)。

何物にも縛られないトランプ

だが、草案は完全に白紙になったわけではない。それどころか、アメリカの側の約束があまりにも曖昧であることが、トランプにあらゆる方向に対する影響力を与えている。トランプとゼレンスキーが前進する道を見つけたとしても、それは決して確実ではない。

トランプはアメリカが復興投資基金からより大きな利益を得るために、この合意をウクライナに対する飴と鞭として使い分けることもできる。また、欧州の平和維持軍をアメリカが保護する場合、欧州諸国にNATOで今より大きな負担をするよう要求できる。

だがホワイトハウスでの口論は、アメリカと欧州の関係に深い亀裂を与えるかもしれない。ヨーロッパの指導者の大半はゼレンスキーを支持したが、トランプがプーチンと和平交渉を行う際、ヨーロッパとウクライナの両方を見捨てる可能性が現実味を帯びてきたからだ。

色褪せる楽観シナリオ

トランプは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領に、アメリカが和平に本気だと示すことができた。

一方、鉱物権益をめぐる合意でウクライナにおけるアメリカの経済的利害が増し、現地に米企業も駐在するようになれば、ロシアが将来の和平協定を反故にして敵対行為を再開した場合、アメリカは黙っていないというシグナルを送ることにもできた。

だが、トランプとゼレンスキーの怒鳴り合いの後では、この議論はかなり説得力を失っている。

このような推測が最終的に、合意がめざした「自由で、主権を持ち、安全なウクライナ」につながるかどうかは定かではない。

だが、ホワイトハウスでの口論のなかで、合意のなかの重要な欠点や曖昧さが露呈した今、ゼレンスキーは、大博打を打ったことで自国の鉱物資源以上のものを失ってしまったのではないか。

The Conversation

Stefan Wolff, Professor of International Security, University of Birmingham and Tetyana Malyarenko, Professor of International Relations, Jean Monnet Professor of European Security, National University Odesa Law Academy

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィリピン、大型台風26号接近で10万人避難 30

ワールド

再送-米連邦航空局、MD-11の運航禁止 UPS機

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 10
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中