最新記事
アメリカ社会

アメリカ騒然の保険会社CEO殺害事件と「性的倒錯」の意外な関係

A Modern Folk Hero?

2024年12月23日(月)20時35分
マイケル・アーントフィールド(犯罪学者、加ウェスタンオンタリオ大学教授)
米医療保険大手ユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソンCEOを射殺したルイジ・マンジョーネ容疑者

米医療保険大手ユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソンCEOを射殺したルイジ・マンジョーネ容疑者の釈放を求めるポスター AP/AFLO

<容疑者がネット上で「正義の味方」扱いされている。暴利を貪る医療保険業界に腹を立てている人が多いことがその理由と言われているが、「ハイブリストフィリア」を指摘する専門家もいる>

去る12月4日にニューヨークのど真ん中で米医療保険大手ユナイテッドヘルスケアのブライアン・トンプソンCEOを射殺した容疑者ルイジ・マンジョーネ(26)が、なぜか今ネット上で「ヒーロー」扱いされている。理不尽な話だが、ある意味、今の時代に珍しい現象ではない。

私たちの健康不安に付け込んで暴利を貪る医療保険業界に、腹を立てている人はたくさんいる。だから今回の凶行に一定の共感を抱く人がいるのは、まあ当然だ。


しかしここで注意したいのは、アメリカでは過去にも殺人犯(あるいはその容疑者)がメディアの報道を通じて、意図的ではないとしても結果として「有名人」に仕立てられる例が多々あったという事実だ。しかも今は、SNSがこの傾向を助長している。

古くは世界恐慌と禁酒法の1930年代に銀行強盗を繰り返し、当局からは「社会の敵」と呼ばれたが世間からは「義賊」と呼ばれたジョン・デリンジャーの例がある。

彼はFBIの捜査員によって1934年に射殺されたが、当時の新聞は彼を「アメリカ版ロビン・フッド」と呼んでいた。ちなみに2009年のハリウッド映画『パブリック・エネミーズ』では、あのジョニー・デップがデリンジャーを演じている。

あるいは94年夏の元フットボール選手O・J・シンプソン(黒人)の事件。前妻とその男友達を刺殺した容疑で指名手配されていたシンプソンは車で逃走、カリフォルニアの幹線道路で2時間近い派手なカーチェイスを繰り広げた。

その様子はテレビで全米に生中継されたのだが、沿道には容疑者に共感して「逃げろ、OJ」などのプラカードを掲げる人々がいた。

「世紀の裁判」と呼ばれた公判もテレビで逐一報道され、有罪か無罪かをめぐり世論は二分。最終的に陪審員の評決で無罪が言い渡されると、OJファンの人たちから歓声が上がったのだった。

しかし、こうしたファンの熱狂にはいささか病的な面もあったようだ。

犯罪者に引かれる倒錯

依存症に詳しいドリュー・ピンスキー医師は最近のインタビューで、マンジョーネへの称賛の多くは「ハイブリストフィリア(犯罪性愛)」に近いのではないかと指摘する。

ハイブリストフィリアは性的倒錯の一種で、なぜか凶悪犯に引かれてしまう性向を指す。

症状の出方はさまざまで、極端な場合は、凶暴な男性に性的な恋愛感情を抱いてしまった女性が男の犯罪(殺人を含む)に手を貸したりするケースもある。ほれ込んで、全てを投げ出して彼を支えようとする女性(まれには男性)もいる。

一方、シンプソンやデリンジャーの場合は、庶民の目には腐敗の温床と映る権威や組織に敢然と立ち向かう抵抗者に憧れ、英雄視する心理も働いていたと言えるだろう。

デリンジャーが「社会の敵」として暴れ回った1930年代には、大恐慌で生活苦にあえぐ庶民の財産を銀行が片っ端から差し押さえていた。90年代のアメリカ黒人にとっては、人種差別むき出しのロサンゼルス市警に対する怒りと抵抗のシンボルがO・J・シンプソンだった。

ではなぜ、今の時代にルイジ・マンジョーネが英雄視されるのか。たぶんアメリカの医療制度がおかしいからだ。

The Conversation

Michael Arntfield, Full Professor of Criminology & English Literature, Western University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 ISSUES 2026
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年12月30日/2026年1月6号(12月23日発売)は「ISSUES 2026」特集。トランプの黄昏/中国AIに限界/米なきアジア安全保障/核使用の現実味/米ドルの賞味期限/WHO’S NEXT…2026年の世界を読む恒例の人気特集です

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


ヘルスケア
腸内環境の解析技術「PMAS」で、「健康寿命の延伸」につなげる...日韓タッグで健康づくりに革命を
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

26年度予算案の想定金利3%程度で調整、29年ぶり

ワールド

メルセデス、ディーゼル排ガス不正で米州と和解 1.

ワールド

情報BOX:ロシアの脅威に備えよ 欧州が兵力増強 

ビジネス

米FDA、ノボの肥満治療薬「ウゴービ」経口錠を承認
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中