最新記事
ロシア

アサド政権崩壊が示すロシアの「影響力低下」地中海軍事拠点と大国の威信が揺らぐ

THE WANNABE GREAT POWER

2024年12月18日(水)10時30分
シュテファン・ウォルフ(英バーミンガム大学教授〔国際安全保障学〕)
大国願望の強いプーチンだが、中東では頼りの同盟国が弱体化。逆に緊張関係にあるトルコやイスラエルは勢いを増す GETTY IMAGES

大国願望の強いプーチンだが、中東では頼りの同盟国が弱体化。逆に緊張関係にあるトルコやイスラエルは勢いを増す GETTY IMAGES

<地中海沿岸の軍事拠点を失い、同盟国への依存も露呈、影響力低下は必至だ>

シリアのアサド政権があっけなく崩壊すると、中東に衝撃が走った。余波は周辺地域を超えて広がり、なかでも大きな影響を受けそうな国の1つがロシアだ。

2015年にロシアはイランとレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの協力を得て、内戦で崩壊寸前のアサド政権を救った。過激派組織「イスラム国」(IS)の脅威が高まるなか軍事介入を行い、政権がISと反体制派に反撃するのを支援した。


その後アサドは首都や主要都市、特にロシアが2つの軍事基地を置く地中海沿岸の支配を固めた。基地の今後は不透明だ。ソ連時代にさかのぼる西部タルトゥースの海軍基地と15年に北西部に建設されたフメイミム空軍基地は、ロシアが地中海における軍事力と「大国」のステータスを誇示するための大事な資産だった。

基地の重要性と政権を支えるために行った多大な投資を考えれば、政権崩壊は国際舞台での影響力に打撃を与えるだろう。仮に新政権と交渉し基地を維持する合意に至っても、盟友アサドを救えなかった事実は、口では大国を気取るが行動の伴わないロシアの弱さをあらわにする。

反政府勢力の拡大をカタールが後押ししトルコが黙認したことを見抜けなかった、あるいは誤解したのは明らかに情報活動の失敗だ。シリアでロシアの軍事力が減退しており、迅速に補強する力がないことも事態を悪化させた。これはもちろんウクライナ戦争の影響だ。

同盟関係にあるイランとヒズボラの軍事力の低下もアサド政権に追い打ちをかけ、ウクライナに注力するロシアにはさらなる負担がのしかかった。またロシアがシリア情勢を見誤り、駐留軍の脆弱さを正確に把握していなかったのではという疑問も浮上している。何より今回の件は、ロシアがシリアのように言いなりになる同盟国にではなく、イランやヒズボラのように自発的にロシアを支持する国や組織に依存している実態を浮き彫りにした。

現在の勢力図には中国の存在がない。23年9月にアサドは中国を訪問し、「戦略的パートナーシップ協定」を結んだ。しかしいざ政権が危機に陥ると、中国は傍観を決め込んだ。

ロシアがシリアにこだわったのは、大国のステータスを誇示するための軍事的プレゼンスを必要としたからだ。一方、中国の中東への関心は主に経済的利益と、イスラム過激派によるテロの脅威にある。だから中国は窮地のアサドを助けるどころか、関与に消極的だったのだ。

中東でロシアの地位は危機に瀕している。ロシアはアサドという協力者を失い、イランとヒズボラは著しく弱体化した。逆に緊張関係にあるイスラエルとトルコは勢いを増す。

こうなるとロシアの大国気取りはむなしい。アサド政権の崩壊でその威光はさらに陰り、中国にしろ北朝鮮にしろBRICS諸国にしろ、同盟国の見る目も変わるだろう。

ウクライナへの影響は未知数だ。アサドの失脚はロシアが無敵でないことを示すが、今後ウクライナで攻勢を強めることは確実とされている。

国内外で信頼を取り戻すため、プーチン大統領は何らかの成果を上げなければならない。それも早急に。とにかくトランプ次期米大統領は、敗者を好まないのだから。

The Conversation

Stefan Wolff, Professor of International Security, University of Birmingham

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月7日号(9月30日発売)は「2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡」特集。投手復帰のシーズンも地区Vでプレーオフへ。アメリカが見た二刀流の復活劇

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

S&P中国法人に業務是正警告、証券当局が監督強化

ワールド

「ウクライナ敗北は中国の攻撃姿勢強める」 台湾軍幹

ビジネス

9月の米雇用、民間データで停滞示唆 FRBは利下げ

ワールド

原油先物5日ぶり反発、週間では3カ月半ぶり大幅安へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 3
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 4
    「人類の起源」の定説が覆る大発見...100万年前の頭…
  • 5
    イスラエルのおぞましい野望「ガザ再編」は「1本の論…
  • 6
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 7
    1日1000人が「ミリオネア」に...でも豪邸もヨットも…
  • 8
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 9
    【クイズ】1位はアメリカ...世界で2番目に「航空機・…
  • 10
    MITの地球化学者の研究により「地球初の動物」が判明…
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 10
    虫刺されに見える? 足首の「謎の灰色の傷」の中から…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中