最新記事
映画

「核実験場の風下には人が住んでいた」アカデミー賞『オッペンハイマー』が描かなかった被曝の真実

A GLARING OMMISSION

2024年4月10日(水)15時30分
ナディラ・ゴフ

newsweekjp_20240410023307.jpg

実験後に現場を視察するロバート・オッペンハイマーと制服組トップのレズリー・グローブス将軍 KEYSTONE-FRANCEーGAMMA-KEYSTONE/GETTY IMAGES

マンハッタン計画もトリニティ実験も最高機密だったから、放射性降下物を浴びた被害者に真実は伝えられなかった。

あの核実験の後、トリニティ周辺では家屋や農作物、井戸や貯水槽にも放射能の灰が降り注いだが、軍は住民に「何の心配もない」と言い続け、今までどおりに暮らせばいいと教えていた。

「だからみんな、汚染された井戸水で赤子を洗い、水を飲み、汚染されたものを食べていた」とウィーラーは言う。

もっと許し難いのは、プルトニウムの体内摂取が外部被曝よりもさらに危険であることを、科学者も政府も知っていたという事実だ。

1994年にビル・クリントン大統領が設置した調査委員会の報告によると、マンハッタン計画では事前に、放射性物質を摂取した場合の影響を評価するための人体実験を全米各地の病院で進めていた。

原爆投下は決定済みだった

知らないうちに放射能を浴びてしまった人だけではない。土地を奪われ、生活の糧を失った住民の多くは、やむなくロスアラモスの研究所で働くことになった。

放射性廃棄物の清掃や処理に携わる職員は仕事が終わると「洗剤で体中をこすり洗いしたものだ」とゴメスは言う(彼女の祖父と大叔父も研究所で働き、癌で死んだ)。

「皮膚をこすり、ガイガーカウンターが鳴りやむまでは帰宅が許されなかった。でも、その理由や意味は誰も説明してくれなかった」

映画『オッペンハイマー』にロスアラモスの労働者は登場しない。だがウィーラーによれば、そこでは「どうせ英語は読めないから安全保障上の脅威にならない、と判断された多くの地元民」が働いていた。

あの映画には、もうひとつ重大な事実のすり替えがある。トリニティ実験の成功後に、原爆が日本に向けて運び出される場面だ。ウィーラーによれば、実際は「爆発実験の前に運び出されていた。原爆投下の決定は先に下されていて、実験で何が起きようと関係なかった」。

こうした難点はあるものの、『オッペンハイマー』はある冷酷な現実を描き出すことに成功している。それは、誤った理想を掲げて人を傷つけ、無用な二次被害を積み重ねるというアメリカ特有のパターンだ。

この映画はまた、あの戦争に勝つために原爆投下は必要でなかったとも告げている。アメリカの軍部は最初から、想定される「利益」を得るためには罪なき人々の「犠牲」が必要だと論じていた。そして結果として、核兵器という名のパンドラの箱を開けてしまった。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

政府・日銀の緊密な連携の観点から経財相・日銀総裁と

ワールド

ウクライナに大規模な夜間攻撃、10人死亡・40人負

ビジネス

ユーロ圏経常黒字、9月は231億ユーロに拡大 

ワールド

フォトログ:美の基準に挑む、日本の「筋肉女子」 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中