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「核実験場の風下には人が住んでいた」アカデミー賞『オッペンハイマー』が描かなかった被曝の真実

A GLARING OMMISSION

2024年4月10日(水)15時30分
ナディラ・ゴフ

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映画『オッペンハイマー』の一場面 ©UNIVERSAL PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

ロスアラモスの一帯にはもともとアメリカ先住民の集落があり、プエブロ族が暮らしていて、それ以外にメキシコから来た人たちの牧場や農園が30以上もあったけれど、みんな立ち退きを命じられた。そう筆者に教えてくれたのはニューメキシコ大学准教授のマライア・ゴメスだ。

「私の曽祖父母とその家族もそうで、政府から退去通知の書面が送られてきた。中には書面の来なかった家もあるが、問題はそこじゃない。本当にひどいのは、その書面が英語で書かれていたこと。あそこで暮らしていたのはスペイン語しか分からない人たちなのに」。ゴメスはそう説明してくれた。

家畜が射撃訓練の標的に

たいていの場合、彼らは無理やり、暴力的に立ち退かされた。

ゴメスは祖母から聞いた話として、連邦政府がブルドーザーで畑をつぶし、兵隊が家畜を射撃訓練の標的とし、一帯を占拠した憲兵隊と地元住民の間で争いや「人種差別的な口論」もあったと語った。

あの映画で映し出された果てしない無人の砂漠は、「ロスアラモスやトリニティは辺ぴな場所で誰も住んでいなかったという連邦政府の主張」をなぞっただけ。ゴメスはそう指摘する。

トリニティがロスアラモスから離れた場所にあった事実の消去は、ロスアラモスの科学者たちが核実験の破壊的な影響を知っていたか、少なくとも想定していたという重要な事実も塗り隠している。

彼らには、自分たちの居場所の近くで実験をやりたくない理由があった。だから遠く離れた場所を選んだ。そこにも(1940年の国勢調査によれば)13万人以上の住民がいたが、その大半は昔からいたメキシコ系の人か、先住民のメスカレロアパッチ族だった。

「あそこでは癌になる人が異様に多いと聞く。特に多いのは、放射線被曝との関連が指摘される甲状腺癌や自己免疫疾患。そういう話がトリニティ実験以後の世代で語り継がれている」とウィーラーは言う。

ただし「風下の民」の被害には科学的な証拠がない。あるのは自分たちの体験談だけだ。ウィーラーによれば、マンハッタン計画に加わった科学者たちは核実験に伴う放射性降下物に関する十分なデータ収集に熱心ではなかった。

核実験後、周辺の牧場主らの住居の放射線量を測定したところ、「当時合意されていた安全レベルの1万倍もの放射性物質」が検出された例もあるとウィーラーは指摘する。

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