最新記事
米覇権

イスラエル・ハマス戦争の背後に見えるアメリカの没落

2023年11月14日(火)21時00分
亀山陽司(著述家、元外交官)
バイデンとネタニヤフ

アメリカはイスラエル支持の姿勢を崩さない(写真は10月18日にイスラエルを訪問したバイデン) Evelyn Hockstein-REUTERS

<日本はイスラエルの「過剰報復」を容認しない良識的な立場を取るべき>

ガザ地区へと地上侵攻を進めるイスラエルの動向に世界の注目が集まっている。事と次第によっては中東戦争の勃発につながるかもしれない状況である。10月7日、ガザ地区を事実上支配下に置いているハマスによるテロ攻撃により、イスラエル人約1400人が死亡し、しかも、民間人200人以上を人質に取ったことからすべては始まった。

現在イスラエル軍はガザ地区を封鎖したまま、北部地域に軍を進めており、ガザ地区の再占領を試みているように見える。歴史的にはガザ地区は、第二次大戦後の1948年にイスラエルが建国されたときにパレスチナ南部の住民が避難した地域であり、当時はエジプト軍が管理していた地域である。1967年の第三次中東戦争でイスラエルがガザ地区を占領したが、2005年にイスラエルが撤退した経緯がある。

ハマスのテロ攻撃に対してイスラエル側が憤るのは理解できる。しかし、イスラエル側は報復措置として、苛烈な爆撃を繰り返すことで、ガザ地区では11月7日時点で1万人以上のパレスチナ人が殺されたと発表されている。さらに被害者は増え続けている上、ガザ地区が封鎖されているため、一般市民の生活が脅かされている状況である。そのため、イスラエルの行動は、国際法違反であり、人道上許されないとの世論が世界中で高まっている。

そんな中、アメリカはイスラエルの「自衛権」を支持するとの立場をとっており、イスラエル支持の姿勢を崩していない。それどころか、事案勃発後、速やかに東地中海への一個空母打撃群の派遣を決定した。これは、中東のシリアやイランといったイスラエルに敵対的な国に対する強い牽制となる。政治的にのみならず軍事的にもイスラエルを援護しようという構えを見せているのだ。

ただ、バイデン政権は、イスラエルを支持すると明確にしたものの、ガザ地区における人道状況の悪化を無視するわけにはいかなくなっており、10月25日の国連安保理では、人道目的での「戦闘の一時的な停止」を求める決議案をアメリカが提出したが、中露の拒否権により否決された。一方のロシアや中国は一時的な停止では不十分であるとし、ロシアは「即時停戦」を求める決議案を提出したが、これも米英の拒否権などによって否決されている。決議案の採択にあたって、アメリカは、ハマス非難とイスラエルの「自衛権」の明記がなされなかったことを拒否権発動の理由として強調している。

どこまでが「自衛権の行使」か

国際政治の世界で今回の事案が突きつけた大きな問題は、どこまでが「自衛権の行使」として認められるのかという点につきる。アメリカはイスラエルの行動を自衛権の行使として正当化しているが、本当に自衛権の行使の範囲内の行動なのだろうか。

イスラエルによる空爆はむしろ、ハマスによる10月7日のテロ行為に対する「報復行動」として捉えるべきものである。報復と自衛とは見かけは非常によく似ている。つまり、相手側の攻撃に対する「反撃」という形をとる。最も大きな違いは、自衛にはその定義上一定の限度が想定されるが、報復は国民感情が大きく反映されるため、過剰な「反撃」となり得るという点であろう。イスラエル人約1400名の犠牲者に対し、パレスチナ人10000人超(現時点)というのは、自衛というにはバランスを欠きすぎており、報復としてさえやりすぎと言わざるを得ないが、こうした反撃の過剰こそが、報復「感情」の支配を如実に示している。

例えば日本では、集団的自衛権に基づく武力行使に際しては、武力攻撃事態や存立危機事態が発生することが要件となっている。存立危機事態の3要件は、(1)日本に対する武力攻撃が発生したこと、又は 同盟国などに対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされること (2)これを排除し、国を守るために他に適当な手段がないこと (3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこととされている。

思考実験としてこの3要件を今回の事態に当てはめてみよう。そうすると、仮にイスラエルが主張するように、ハマスによるテロ攻撃によりイスラエルの存立が脅かされたことを認めるとしても、イスラエルの無差別攻撃が「適当な手段」かどうか、「必要最小限度」かどうかには大いに疑問が残る。

日本
【イベント】国税庁が浅草で「伝統的酒造り」ユネスコ無形文化遺産登録1周年記念イベントを開催。インバウンド客も魅了し、試飲体験も盛況!
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中