最新記事
アメリカ

「沈黙」する米潜水艦隊...本誌の調査報道が暴く「不十分すぎる」運用の実体

SUNK COST

2023年5月19日(金)12時30分
ウィリアム・アーキン(ジャーナリスト、元米陸軍情報分析官)
潜水艦

ANTON PETRUS/GETTY IMAGES

<アメリカは巨額の予算を投じて攻撃型潜水艦を増強するが、実際に水面下で潜航するのはごく一部にすぎない。本誌が調査報道で明らかにした「潜水艦神話」の真実>

米海軍が2000億ドルを投じて潜水艦隊の拡張を計画している。議会共和党は最近、ウクライナへの軍事援助を継続するべきか否かをめぐり議論しているが、ウクライナのGDP(2021年)にも匹敵する規模の潜水艦増強計画は、疑問視する気配がない。民主党も同じだ。

だが、この計画の必然性には首をかしげる部分が多い。海軍は保有する潜水艦を「世界で最も致死的で能力の高い戦力」だと言うが、軍事機密が絡んでくることもあり、「沈黙の艦隊」とも呼ばれる潜水艦隊の運用計画は謎のベールに包まれている。

米軍の攻撃型潜水艦は主に、敵の潜水艦や水上艦の追尾、偵察・情報収集、味方の特殊部隊の作戦の支援に従事する。ただ、『レッド・オクトーバーを追え!』などのハリウッド映画を見ると、潜水艦は何カ月も潜航して作戦に従事している印象を受けるが、実態は大きく異なる。

いざというときに、米海軍が配備できる攻撃型潜水艦は、全保有数の4分の1程度にすぎない。ロシアがウクライナに侵攻し、中国が超大国として一段と頭角を現すなど、国際情勢の緊張が増していた22年でさえ、30日以上潜航していた潜水艦は全体の10%にすぎなかった。

本誌は3カ月にわたり、米軍の潜水艦運用状況を調査し、複数の問題点を明らかにした。われわれが独自に入手した米軍の機密文書や、世界中の潜水艦追跡の記録、そして海軍関係者や専門家へのインタビューから明らかになった事実は、意外なものだった。例えば、22年にアメリカの潜水艦がロシアや中国に対して緊急配備されたことは一度もなく、全体的な運用レベルも高まっていなかった。だが、海軍が実際に運用できる潜水艦が、全保有数の4分の1程度にすぎないことは、「必要経費のようなもの」であり仕方がないと、ある退役海軍将校は言う。

2000億ドルをかける価値

海軍の2000億ドルの増強計画は、具体的には攻撃型潜水艦を現在の50隻から66隻に増やすというものだ。この数字自体は公表されている。だが、現代の潜水艦は非常に複雑化しており、ロシアや中国に対する運用レベルを高めるには、艦艇数を増やすしかないという論理を裏付ける証拠は、あまりない。

国防総省は、この造艦計画を緊急課題と位置付けている。なにしろ中国海軍は、配備可能な戦闘艦数では既に米海軍を追い抜いたとみられており、潜水艦の数と質でもアメリカに追い付きつつあるとされる。

だが、アメリカの潜水艦能力が不十分だとしても、ロシアや中国の潜水艦はもっとひどい。それなのになぜ、米海軍は攻撃型潜水艦のアップグレードにこれほど莫大な投資をするのか。攻撃型潜水艦の究極的な価値も、いまひとつはっきりしない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:「暑さは人を殺す」、エネルギー補助削減で

ビジネス

アングル:米国の通関手続き複雑化、関税で代行業者に

ワールド

訪米中の赤沢再生相、ラトニック商務長官と電話会談

ビジネス

アングル:中国で値下げ競争激化、デフレ長期化懸念 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 10
    先進国なのに「出生率2.84」の衝撃...イスラエルだけ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 6
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 7
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 8
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中