最新記事

ウクライナ戦争

プーチンのおかげで誰もが気付いた、「核兵器はあったほうがいい」

DEATH BLOW TO NPT REGIME

2023年3月1日(水)18時50分
アンドレアス・ウムランド、ヒューゴ・フォンエッセン(いずれもスウェーデン国際問題研究所研究員)
ロシアの大陸間弾道ミサイル

対独戦勝利記念日のパレードで披露されたロシアの大陸間弾道ミサイル(2021年5月9日) AP/AFLO

<平和を維持してきたNPT(核拡散防止条約)が、独立後に核武装と決別し、主権と領土の保全を保障されたはずのウクライナへのロシア軍侵攻により、有名無実になった。これから核武装を目指す国は増えるだろう>

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻が世界に、そして人類の未来に及ぼす最も深刻な影響は何か。少なくともその1つは、核拡散防止条約(NPT)の存在意義を根本から否定しかねないことだ。

2014年のソチ冬季五輪後にロシアが力ずくでウクライナ領の一部(クリミア半島など)を奪い取ったことで、核兵器の拡散を防いで世界を守るというNPTのロジックは覆された。

ウクライナにはかつて核兵器があったが、1994年のNPT加入に当たり、全てを手放した。そこへロシアが攻めてきた。これではまるで、NPTは弱小国を無力化し、核武装国の餌食にするための条約に見えてしまう。

実際、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は昨年2月24日の侵攻開始に当たり、自国の核戦力部隊を特別警戒態勢に置いたと宣言している。ロシアの行く手を遮る者には容赦なく核兵器を使うという露骨な脅しだ。

1991年に独立を回復した当時、ウクライナには約1900発の戦略核弾頭と2500発の戦術核があった。いずれも旧ソ連の置き土産で、その数はイギリスとフランス、中国を合わせたよりも多かった。

しかし1986年にチョルノービリ(チェルノブイリ)原発で大惨事を経験していたこともあり、冷戦終結後の世界に満ちていた地政学的楽観主義の空気もあって、ウクライナは核武装と完全に決別する道を選んだ。

もちろん、当時のウクライナ軍がこれらの核兵器を使うことは不可能だった。依然としてモスクワの司令部の管理下にあったからだ。だが、ウクライナには核兵器を扱うのに必要な技術と経験の蓄積があった。核弾頭と爆薬に加え、濃縮ウランやプルトニウムもたっぷりあった。だから、その気になればウクライナは容易に核保有国となり得た。

しかしロシアからの執拗な返還要求があり、幸いにしてアメリカが手を貸してくれたこともあって、ウクライナはわずか数年で核戦力の全てをロシアに移送できた。そしてNPTには、「非核保有国」として参加することになった。

ブダペストの約束は帳消し

これを受けて、アメリカと(旧ソ連の正統な継承者としての)ロシア、イギリスの3カ国はウクライナに追加的な安全保障の約束を与えることで合意し、1994年にハンガリーの首都ブダペストで開かれた欧州安保協力会議(現在の欧州安保協力機構の前身)首脳会議の場で、いわゆる「ブダペスト覚書」に署名した。

この文書には、NPTで認められた核保有国のうちの3カ国(アメリカ、ロシア、イギリス)がウクライナの主権とその領土の保全を保障し、いかなる経済的・政治的圧力もかけないと明記されていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU・仏・独が米国非難、元欧州委員らへのビザ発給禁

ワールド

ウクライナ和平の米提案をプーチン氏に説明、近く立場

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 8
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 9
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 10
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中