最新記事

偵察気球

気球が運んできた中国の挑戦状──問われる「国際法の限界」

Not Just Hot Air

2023年2月13日(月)11時40分
ドナルド・ロスウェル(オーストラリア国立大学・国際法教授)
偵察気球

大西洋上空で米軍が撃墜した中国の気球を回収する爆発物処理班(2月5日) U.S. FLEET FORCESーU.S. NAVY PHOTOーREUTERS

<アメリカの領空を悠然と飛行、空から降ってきた国際法の限界と軍事的脅威>

2月初めにアメリカの上空に突如現れた気球は、偵察任務を遂行していたのか。それとも中国が主張するように研究目的だったのだろうか。

【動画】米SNSを沸かせたスパイ気球撃墜の瞬間

答えはすぐには出そうにないが、1つ明らかなことがある。中国の気球がアメリカの上空に侵入したことで、国際法の限界が問われているのだ。

熱気球の軍事目的の歴史は古く、ヨーロッパでは18世紀後半から19世紀前半に偵察や爆撃に使われた。初期の戦時国際法には、武力紛争時の気球の軍事利用を想定した具体的な措置も盛り込まれていた。

しかし、現代では気球の軍事的意義が過小評価されているようだ。気球は航空機より高い高度を飛行し、機密性の高い場所の上空で静止できて、レーダーで探知されにくく、民間の気象観測用飛行物としてカモフラージュできるなど、独自の偵察能力を持つ。

気球を他国の領空で使用することに関しては、国際法に明確な規定がある。

全ての国は領土の基線(通常は海岸の低潮線)から12海里(約22キロ)までの海域に対し、完全な主権と支配権を有している。そして、国際条約に基づき、全ての国は領土の上空に対する完全かつ排他的な主権を有する。つまり、自国の領空への全てのアクセスを管理するということだ。

ただし、領空の上限は国際法上、確定していない。一般に、民間機や軍用機が飛行できる高度の上限である4万5000フィート(約13.7キロ)までとされている。ちなみに超音速旅客機コンコルドは高度6万フィート(約18キロ)以上を飛んだ。今回の中国の気球は高度6万フィートを飛行していたとされている。人工衛星の運用高度には国際法は適用されず、伝統的に宇宙法の領域と見なされている。

【動画】中南米で目撃された「第二のスパイ気球」

軍事施設上空でとどまる

1944年に締結された国際民間航空条約など、他国の領空に侵入する許可を求める国際的な法的枠組みはある。国際民間航空機関(ICAO)は熱気球を含む空域のアクセスに関する規則を定めているが、軍事活動を規制するものではない。

一方で、各国が領空とは別に防空上の空域を設定しているADIZ(防空識別圏)があり、アメリカはADIZに侵入する全ての航空機に身元確認を義務付けている。冷戦の緊張が高まっていた頃、特に北極圏でソ連機がアメリカのADIZに無許可で侵入すると、アメリカは頻繁に戦闘機をスクランブル発進させた。

これらの国際ルールを考えれば、アメリカが今回、中国の気球を撃墜したことには強固な法的根拠があったと言えるだろう。アメリカの許可がなければその上空を飛行することはできず、気球は明らかに許可を求めていなかった。

中国は当初、気球が故障して漂ったとして不可抗力を主張した。しかし、サイエンティフィック・アメリカン誌によると、気球は高度な操縦性を備えており、特にモンタナ州にあるアメリカの機密性の高い軍事施設の上空でとどまっているように見えた。

今回の件では、中国の軍事的な攻撃姿勢の高まりに対するアメリカの対応が問われている。しかも、アメリカの主権が及ぶ境界線からかなり内側で、中国が物理的な存在感を示したのだ。米中の緊張がさらに高まり、海だけでなく空でも互いに挑発行為が続くのだろうか。

The Conversation

Donald Rothwell, Professor of International Law, Australian National University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍がガザで攻撃継続、3人死亡 停戦の脆弱

ビジネス

アマゾン株12%高、クラウド部門好調 AI競争で存

ビジネス

12月利下げは不要、今週の利下げも不要だった=米ダ

ワールド

中国主席、APEC首脳会議で多国間貿易保護訴え 日
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中