最新記事

中国

中国デモを世界に発信する「猫アイコン」──イタリア在住の若き中国人「李老師」の使命感

WE ARE ALL TEACHER LI

2023年1月18日(水)12時20分
イレーネ・セルバシオ(ジャーナリスト)

230117p24_RSI_01.jpg

ALBERTO BERNASCONI

李にとってもう1つ印象深かったのは、上海で「不要核酸(PCR検査は要らない)」の横断幕を掲げて大声を上げる人々の動画だった。「彼らの勇気に胸を打たれた。中国には、警察に尋問されることを意味する『お茶に呼ばれる』という表現がある。好まれざる言葉を検索エンジンに打ち込むだけで、警察からお茶に呼ばれる。それなのに、デモ参加者はそんなことは気にせずに叫び続けていた」

「李老师不是你老师(李先生はあなたの先生ではない)」のアカウント名で活動する李のツイッターは今や、中国の抗議運動に関する世界一重要な情報チャンネルだ。

李が政治に深く関わるとは、誰一人(本人さえ)思ってもいなかった。ましてや、わずか数分間外出することも、故郷に帰る日を想像することも難しくなるとは想定外だった。

中国東部で生まれた李は経済的に恵まれた家庭で育ったが、周囲に貧しい地域が多く、貧困にあえぐ人々を間近に見ていた。そのため子供時代から社会の不合理に怒りを感じ、その原因に考えを巡らせていた。

国民党の軍医としてビルマ(現ミャンマー)に派遣された祖父は、文化大革命で迫害を受けた。李の両親は芸術の道に進み、政治とは距離を置こうとしていた。

だが今では、李の家族は常に中国の治安当局の監視下に置かれている。当局は李の活動の背後にいる国際的な勢力について探り、彼を止めようとしているが、うまくいっていない。

元美術教師の李は、中国の人々の声が検閲されている現状に責任を感じ、中国で暮らす家族に二度と会えないかもしれないと覚悟している。

彼の活動は、個人が中心にいたインターネット黎明期を彷彿させる。15年以上前のブログ全盛の時代には市民ジャーナリストがもてはやされたが、その後、人々を楽しませるソーシャルメディアに取って代わられた。「自分の安全以上に心配なのは、このアカウントの安全だ。このアカウントは世界中の中国人にとって大きな意味を持つから」と、李はワシントン・ポスト紙に語っている。

ゼロコロナ政策からの急転換について李は「中国は過激で無責任極まりない開放政策を実施し、政府の問題を社会に丸投げした」と語る。「葬儀場や過密状態の病院の映像が多数出回っているのはそのためだ」

中国の検索エンジンでコロナに関わる暴動の情報を探そうとしても、何も表示されない。李の使命は、自分の声を犠牲にしてでも同胞の声を世界に届けることだ。

確かに、李はあなたの先生ではない。だが、私たちは皆「李先生」になれるのだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

半導体製造装置販売、AIブームで来年9%増 業界団

ワールド

アルミに供給不安、アフリカ製錬所が来年操業休止 欧

ビジネス

川崎重社長、防衛事業の売上高見通し上振れ 高市政権

ワールド

インド中銀総裁「低金利は長期間続く」=FT
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中