最新記事

中国

中国デモを世界に発信する「猫アイコン」──イタリア在住の若き中国人「李老師」の使命感

WE ARE ALL TEACHER LI

2023年1月18日(水)12時20分
イレーネ・セルバシオ(ジャーナリスト)
李老師

李の元には多くの中国人から抗議デモの実態などの情報が寄せられる ALBERTO BERNASCONI

<イタリア在住の若き中国人「李老師」が検閲の目をかいくぐり、同胞の生の声をツイッターで拡散し続ける理由>

筆者が北イタリアに暮らす「李老師(李先生)」を訪ねたのは、昨年12月のどんより曇ったある日の午後だった。彼の自宅は、世界中から注目を集め中国政府の厳しい検閲にさらされているとは思えない、普通のアパートだった。

玄関で筆者を出迎えたのは1人の若者と、ネット上で彼のアイコンとして有名になった4匹の猫。遠く離れたイタリアから母国の反体制運動に思いがけず参加することになった李にとって、この猫たちは抗議活動の象徴であり、慰めでもある。

李はこの部屋で多くのメッセージを受け取り、自分がいなければ検閲で永久に失われていたであろう動画やスクリーンショット、証言を発信している。

2015年、芸術を学ぶためイタリアにやって来た李は、中国版ツイッター「新浪微博(シンランウェイボー)」で風刺画の投稿を始めた。程なくして扱うテーマは社会問題やジャーナリスティックな内容に変化していき、中国国内の実情を世界に伝えてほしいと願う人々から情報が寄せられるようになった。

多くの協力者が微博の新規アカウント設定に必要な電話番号を提供してくれたが、李の54の微博アカウントは次々に検閲され、削除された。なかには10分ほどで消されたものもあった。ある意味芸術的だと、李は思った。

22年春に活動の場をツイッターに移さざるを得なくなったが、11月には中国でゼロコロナ政策をめぐる抗議運動が激化。11月26日、李はA4の白い紙を無言で掲げるデモ参加者の写真を初めてツイートした。

微博に見切りをつけてツイッターの世界に飛び込んだ李にとって、両者の違いは非常に興味深いものだった。微博では社会問題や政府の問題について語らない限り、人種差別や中傷、LGBTQへの攻撃、個人情報の暴露は許容されていた。

一方、ツイッターは正反対だ。個人攻撃や人種差別的な投稿、道徳に反する内容は許されないが、政府や自国の指導者、社会問題について議論することには何の問題もない。

デモ隊の勇気に胸を打たれた

以来、彼は検閲によって表に出てこない抗議運動の生の声を伝えるために日夜、献身的に活動し、多くのフォロワーから届くメッセージを発信していった。フォロワー数は今や90万人を超える。

「最も印象深いのは、中国中部の河南省鄭州市にあるiPhone製造工場の中継動画だ。警察が踏み込んだ際に、工場内の誰かが動画の撮影を始めた。通常、ライブ映像は軽薄な娯楽コンテンツが多いので、とても驚いた」と、李は語る。「何カ月間にもわたって何千もの映像を見続けていた私にとっても、現場の様子を生で見るのは衝撃的だった」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中