最新記事

フィリピン

比マルコス、初の中国訪問 合意は経済優先、南シナ海問題は「言いたいことも言えず」

2023年1月6日(金)19時22分
大塚智彦

中国は得意の「友好的」「適切」「協議」「紛争のない」などの美辞麗句で首脳会談の成果を強調しているが、フィリピン側にしてみれば「経済最優先」の足元をみられて、南シナ海問題では「言いたいことも言いだせず」結果として「新鮮味に欠けた結果となった」のが実情だったといえるだろう。

インフラ整備でフィリピン事業者排除の懸念も

こうした批判や注文がある一方、今回の中国側との間でフィリピン産のドリアンやココナツ、バナナなど果物20億9000万ドルに上る輸出で合意したことは「中国との間の貿易不均衡のバランスをとることができる」(マルコス大統領)として大きな成果としている。

このほか橋梁や洪水制御システムなどのインフラ整備に対して総額2億180万ドルの資金提供を受けることでも合意。経済面では一定の成果を上げることができたことに関してはフィリピンメディアは肯定的に評価しているもの事実だ。

ただ、フィリピン国内メディアによるとフィリピン上院少数党総務アキリーノ・ピメンテル議員や下院少数党副総務フランス・カストリ議員などは「中国との間でのインフラ整備や合弁事業で請負業者や労働者を中国人に限定してフィリピン人が排除されることや中国の法律を盾に機密を中国だけが保持するようなことがないように」と合意の詳細についての透明性を政府に求めている。

南シナ海の領有権などは影を潜めて......

訪中前にマルコス大統領が南シナ海のフィリピンEEZ内での中国海警局船舶などの航行、環礁や島嶼で進む埋め立てによる軍事拠点化さらにフィリピンが回収した中国のロケット破片を中国船舶が「強奪」したことなどに対して示していた対中強硬姿勢は首脳会談ではまったく影を潜めた結果となった。

南シナ海問題に関してマルコス大統領は首脳会談で「すでに抱えている問題以上の大きな誤解のきっかけとなる過ちを回避し、両国関係を前進させるために何ができるかを話し合った」と述べた。

しかしこの発言は南シナ海での中国による一方的な現状をフィリピンが追認したうえで、中国との間で新たな波風を立てることを避ける、という消極的姿勢の表明にほかならない。

このため今後フィリピン議会や南シナ海を漁場とする漁業従事者から反発が高まることも予想され、マルコス大統領にとっては今回の訪中首脳会談は、今後後味の悪い思い出となりそうだ。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アマゾン第1四半期、クラウド事業の売上高伸びが予想

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、円は日銀の見通し引き下げ受

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中