最新記事

米ロ関係

ロシアの「最悪の武器商人」が釈放、人質交換は「危険すぎる悪手」

A Bad Deal

2022年12月12日(月)13時15分
マイケル・ブラウン

221220p34_HIT_02.jpg

プロバスケットボール選手グライナー(写真、モスクワ、22年8月)とボウトの身柄交換はアラブ首長国連邦(UAE)とサウジアラビアの仲介で成立した EVGENIA NOVOZHENINAーPOOLーREUTERS

ボウトの身柄はアメリカに引き渡され、12年に米連邦裁判所は、FARCに携帯式防空ミサイルなど数百万ドル相当の武器を売る取引に関与したとして、禁錮25年を言い渡した。それらの武器がコロンビアでアメリカ人への攻撃に使われることを、ボウトは明らかに認識していた。彼はバンコクで会ったDEAの工作員に、自分とFARCの「敵は同じだ」、自分は「この10年か15年、アメリカと戦っている」と語っていた。

ボウトを釈放したことは、彼を逮捕するために命懸けで働いた法執行機関の関係者や工作員に対する侮辱というだけではない。アメリカと同盟国の安全保障に重大な脅威を与えることになるのだ。

ならず者国家を刺激する

ロシアの専門家がよく言うように、「元」ロシア情報部員など存在しない。実際、ボウトはGRUを正式に辞めた後も元雇い主の後ろ盾を得て、時には任務を請け負うことすらあった。

だからこそロシア政府は、何としてもボウトを取り戻そうとしてきた。敵に捕らえられた情報将校を意地でも奪還することは、ソビエト連邦とロシアの伝統だ。

ボウトが逮捕された後、ロシア政府はモスクワに駐在するタイ大使を呼び出して抗議した。さらに、アメリカへの身柄の引き渡しを阻止しようと、カネと影響力を使って画策した。18年にウィーランを拘束した後は、ロシア側からボウトとの身柄の交換を繰り返し打診してきた。

ロシアの情報機関のことだから、ボウトがアメリカに寝返ったかもしれないと疑いつつ、あっさりと現場に復帰させるだろう。彼ならアフリカやベネズエラなどの紛争地域で、悪名高い民間軍事会社ワーグナー・グループのように、ロシアの代理戦争を請け負う勢力に秘密裏に武器を流すことができる。ロシアの衛星国や、NATO諸国やその勢力圏でうごめく破壊活動家に武器を供給することも、うってつけの仕事だ。

ボウトの釈放は、ロシアや他のならず者政権がアメリカ人を人質にする手法を助長するだろう。アメリカには、同盟国が身柄を引き渡したロシアのサイバー犯罪者がいる。彼らの多くはロシア情報機関の仕事もしている。米司法省がボウトの人質交換に当初は反対していたと言われているのも、無理はない。

法執行機関で働いていた私は、グライナーやウィーランがどんなことに耐えてきたのかを知っている。彼らや彼らの家族には心から同情するし、彼らを帰国させたいという政府関係者の思いも分かる。しかし、ボウトをロシアの手に渡す前に、この交換がアメリカの国益にもたらす脅威について考えるべきだった。

From Foreign Policy Magazine

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、台湾への武器売却承認 ハイマースなど過去最大の

ビジネス

今回会合での日銀利上げの可能性、高いと考えている=

ワールド

中国、「ベネズエラへの一方的圧力に反対」 外相が電

ワールド

中国、海南島で自由貿易実験開始 中堅国並み1130
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中