最新記事

BOOKS

母は「見た目は大人・頭脳は子ども」。母親の世話と家事に追われたけれど、私は一人じゃない

2022年8月30日(火)16時40分
印南敦史(作家、書評家)

障害を持つ父と「小さな子どものような母」

本書では例えば、子どもの頃からお母さんのケアをしてきた女性の事例が紹介されている。2020年3月に大学を卒業し、現在は社会人3年目の24歳だ。

父親と母親との3人家族だが、両親は彼女が産まれたときにはすでに障害を持っていた。父親は彼女が生まれる前年に職場で事故に遭い、左前腕を失った。とはいえ大抵のことは片手でこなすことができ、普段の生活には人の助けを必要としないという。


 一方、母は高校通学中に交通事故に遭い、後遺症が残ったため、周りの人のケアを受けなければ生活することが難しくなりました。右半身が麻痺していて動かしにくいため、移動する際には杖か歩行器を使っています。長距離では車いすも使います。
 加えて、高次脳機能障害も残りました。高次脳機能障害とは脳が損傷を受けた際に起こる障害全般を指し、人によって様々な症状が現れます。私の母の場合は特に記憶力の障害が目立ち、他にも注意力や判断力、物事を順序良く進める力(遂行機能)も一人で生活するには十分ではなく、まるで小さな子どものように常に見守っていなければなりません。また、私が高校3年生になる頃までアルコール依存症でもありました。(65~66ページより)

どこかに出かけるとしても、何日も前から「いつ出かけるんだっけ?」「明日だよね?」などと聞いてくるものの、当日になると「え、今日出かけるんだっけ?」と言い出すような状態。計画的に行動することも苦手なため、出かける何時間も前から玄関に座って待っていたかと思えば、いざ出かけようとすると「忘れ物した!」「トイレ!」などと騒ぎ出すことも。

もちろん出かけた先でもついて回る必要があり、次から次へと予想外の行動をするので、ようやく家に帰ってくるとヘトヘトの状態。それでも「あれ、今日はなにしに行ったんだっけ?」「夕飯まだー?」と話しかけられたりするそうだ。


 私が子どもの頃から、それどころか私が生まれる前から、母はずっと「見た目は大人・頭脳は子ども」の状態です。私は年齢と共に成長して大人になっていきましたが、母は老いはすれども成長することはありません。いつからか、いったい私と母のどちらがお母さんなのかよくわからなくなりました。(68ページより)

幸い、勉強ができた彼女は進学校に進むことができた。が、周囲の同級生を見るにつけ、「同じ教室にいて同じ授業を受けているはずなのに、きっと彼ら彼女らの過ごしている高校生活と私の過ごしている高校生活は別物」だと感じるようになっていった。

目の前にいるのは、お母さんが作ったお弁当を持ってきている子、塾で帰りが遅いと親に迎えに来てもらえる子、お母さんと一緒にライブに行ったと話す音楽が好きな友だち。いっぽう彼女は、アルコール依存症が悪化した母親の世話と、日常の家事に追われた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7、ロシアに圧力強化必要 中東衝突は交渉で解決を

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事

ビジネス

再送(11日配信記事)豪カンタス、LCCのジェット
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中